9月27日てんでんこ 音楽の力【23】

朝日新聞2017年9月21日3面:初めて聴く「琉球の音色」。東北の子どもたちが沖縄の隊員たちと奏でた。 夕暮れとき。ろうそくと懐中電灯だけが頼りの薄暗い体育館に、沖縄の伝統楽器「三線」のやわらかな音が流れる。避難所となった宮城県南三陸町の志津川高には被災者約300人が身を寄せていた。津波で町職員の夫(当時53)を亡くし、自宅も流された内海明美(45)は、癒しの調べに自然と涙がこぼれた。
東日本大震災の直後、陸上自衛隊那覇駐屯地から第15旅団の部隊が災害派遣された。同行に活動拠点を構えた「チムグクル(思いやり)生活支援隊」。三線を持参していた隊員が、被災者を上げ増そうと演奏した。
初めて聴く琉球音階、ぼくとつとした優しい旋律。子どもたちはたちまち魅了された。隊員らは喜び、引き方やウチナーグチ(沖縄言葉)を教えるようになった。第15旅団の部隊は約3週間ごとに交代し、5次隊まで続いた。「子どもたちを頼む」。いつの間にか「申し送り」ができ、部隊が代わっても交流は途切れなかった。3次隊で入った中野久光(49)=現大分地方協力隊=は、三線を習うときの子どもたちの笑顔が今もまぶたに浮かぶ。炊飯や給水などの任務終了後、毎晩のように手ほどきした。子どもたちも三線独特の楽譜「工工四」(クンクンシー)を書き写しながら一生懸命覚えた。
ある程度弾けるようになった頃、何か目標を持たせようと、中野たちは隊員とコラボしての慰問演奏会を企画する。これを機に小学生から高校生までの約20人による「サンシンズジュニア」が誕生した。レパートリーも徐々に増え、震災翌年には那覇駐屯地を訪ねて「師匠」たちに返礼の演奏を披露した。
「三線を通して勇気を伝えらえた。この先たとえ困難な道を歩むようなときでも、助け合いの『ゆいまーる』精神で強く生き抜いてほしい」中野の願いだ。
サンシンズジュニアは、進学や就職、転居などでメンバーが入れ替わりながらも、内海が昨夏に本設オープンしたコミュニティーカフェ「COMMONS」(コモンズ)を拠点に今も元気に活動を続けている。
多くを失った東北の地に、縁遠かった沖縄の音楽文化を根づかせたい。被災者のつらい心を和ませてくれた「琉球の音色」を絶やしたくない。「それが、隊員のみなさんとの約束でもあるから」と内海は言う。(阿部浩明)

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