9月17日てんでんこ 音楽の力【17】

朝日新聞2017年9月13日3面:谷川俊太郎の詞が流れる。夫がいなくなって「泣くことさえ忘れていた」。岩手県大槌町の「クイーン」は県内で最も古いジャズ喫茶だ。ここに集うジャズファンから「会長」と呼ばれ親しまれてきた菅谷義隆(当時62)が、津波にのまれて6年半。店には東日本大震災前、2万枚近いレコードやCDがあった。マイルス・ディビスやカウント・ベイシー、ジョン・コルトレーン、マッコイ・タイナーらの名盤数枚は、ファン仲間が泥の中から回収した。だが、義隆の遺品も手がかりもいまだに見つからない。
妻あや(60)が夫を捜して遺体安置所を巡っていた2011年6月27日夜、岩手県一関市の老舗ジャズ喫茶「ベイシー」に、あやは招かれた。坂田明トリオのライブだった。「死んだかれらの残したものは 生きているわたし生きているあなた 他には誰も残っていない 他には誰も残っていない」 谷川俊太郎作詞、武満徹作曲の反戦歌「死んだ男の残したものは」が流れた。サックスから口を離して歌う坂田のうなり声が会場の空気を震わせると、最前列で義隆の遺影を抱いていたあやの体の奥から嗚咽がもれ、やがて慟哭となった。「義隆がいなくなって3カ月、泣くことさえ忘れていたのです」。あやはこの夜、震災後初めて声をあげて泣いた。
アンコールはあやの大好きな映画「ひまわり」の主題歌だった。高校時代に初めて見て以来、大人になっても、震災後も、何度も何度も借りてきては繰り返し見た映画だ。
坂田のサックスから漏れ出るため息は、理不尽にも夫を奪われたソフィア・ローレン演じる女主人公のそれであり、あやの脳裏に広がるひまわり畑の向こうのウクライナの空は、子どもの頃から見続けてきた大槌湾の海の、目にしみる青さそのものだった。
翌8日午後、坂田はクイーンの跡地に立ってアイヌ式のお祈りを捧げた後、海に向かって「浜辺の歌」を吹いた。ここでもあやが、「生かされてしまった」という何人もの被災者たちと待ち受け、坂田の演奏を見守った。岩手ツアーに参加し、坂田の奏でるサックスの音と思いに耳を傾け続けたピアニスト黒田京子(59)は、「私たちにできることは・・生き残っている者たちに、ほんの少しの希望を届ける、否、届けられること、かもしれない」と日記に書いた。坂田は「このときほど、音楽を演奏することを苦難だと思ったことはない」と振り返る。
(本田雅和)

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