9日てんでんこ 皇室と震災【11】

朝日新聞2017年6月6日3面:「どのへんですか」。陛下はバスの中でも改めて神社の場所を尋ねてきた。
天皇・皇后両陛下が7都県連続で訪れた東日本大震災地裁地訪問の最後は、2011年5月11日の福島県訪問だった。「まだ被災地の大変さが残っていた時期だった」。出迎えた相馬市の立谷秀清市長(65)は振り返る。震災発生からちょうど2カ月たっていた。
相馬市は、震災発生1時間後から到達した津波に見舞われ、計458人が亡くなり、全壊や大規模半壊など住宅計5584棟が被害を受けた。福島第一原発から北へ約45キロの場所。爆発事故で市民に不安が広がったが、医師でもある立谷市長は市内の放射線量を測定。「逃げなくてもいい。避難して生活が不安定になるリスクのほうがむしろ大きい」と市民を説得していた。
不安がまだ残る時期、両陛下が相馬市を訪れたことで「雰囲気ががらりと変わった。市民に誇りの気持ちが出てきた」と話す。両陛下は福島市からヘリに乗り、発生時刻の午後2時46分に上空から黙禱。午後3時前、相馬市の工業団地の中にあるサッカー場に降り立った。避難所までバスでの移動中、立谷市長は隣の席にいた佐藤雄平・福島県知事(69)=当時=に「俺たち、市民がこんな顔で手を振るのを見たことがないね」と話しかけた。「みんな今まで幸せそうな顔だったんだよ」
避難所の中村第二小学校で、立谷市長は被災状況について説明した。「私は津波で被災した原釜地区で生まれ育ちました。曽祖母から『津波が来たら、津神社まで逃げれば助かる』と教わっていた。今回も津神社まで逃げれば避難した人は助かりました」と話すと、天皇陛下は「その津神社を見ることはできないですか」と聞いた。
しかし、日程や経路は直ちに変えられない。市長が「大変申し訳ありません」と謝ると、陛下は「どのあたりにあるのでしょうか」と尋ねた。
被災者を見舞った後、移動のバスの中でも、陛下は改めて「どのへんですか」と神社の場所を尋ねてきた。小学校から1.5キロはど東にある、太平洋を望む小高い丘を市長が指すと、「あの森ですか。そうですか」と残念そうに眺めていた。(北野隆一)

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