8月13日 米大陸横断鉄道 封印された移民たちの偉業

朝日新聞2019年8月10日11面:150年前、月桂樹の枕木に打ち込まれた「ゴールデン・スパイク」(黄金の釘)が、米国の歴史を大きく変えた。東西から延びてきた鉄道がユタ州北部で結ばれたのは1869年5月10日。記念の釘を打つ式典が開かれた。米大陸横断鉄道の開通は人と物の流れを一変させ、開拓の時代は終幕へと向かう。同じ年にスエズ運河も開通し、地球はぐんと縮まった。今は国立歴史公園となったその地を7月に訪ねた。乾いた大地に、復元された2両の蒸気機関車が向かい合ってたたずむ。デモ走行に子供たちが歓声を上げる。だが、この偉業の陰には、長らく封印されてきた人々の物語があった。州都ソルトレークシティーの図書館でマックス・チャンさん(50)が2枚のモノクロ写真を指した。「これが証拠です」。1枚は、鉄道会社幹部や労働者が開通を祝う式典の場面。よく知られた写真だ。もう1枚は別の角度から。群衆の中に、よれよれの上着をかぶった数人の男がいる。中国人だった。「最後のレールを置いた労働者にも中国人が8人含まれていたようです」南北戦争による人手不足を補うため、中国やアイルランドなどから男たちが鉄道工事に駆り出されたのは有名な話だ。約1万5千人とされる中国人は主力を担い、山脈を切り開く難工事に従事した。落盤や雪崩で散った命も数知れない。給与や待遇で白人労働者と差別されたという。その後に成立した中国人排斥法で多くが帰国したり、家族を呼び寄せられないまま孤独な一生を終えたりした。チャンさんは「私たちのルーツの居場所が米国の歴史に存在しなかったのが切ない」という。1969年の開通100年式典で運輸長官は「米国人以外のだれに硬い花崗岩にトンネルをうがつ工事ができただろうか」と演説した。出席した中国系団体の代表は発言を許されなかった。20年ほど前から名誉回復を求める声が上がり、2年前には家族や支援者の組織ができた。今年5月の150年式典では、曽祖父が工事に従事していたという女性が、鉄道労働者をツールに持つ中国系として初めて演壇に立った。ユタを訪れた翌日、私は隣洲ワイオミングに飛んだ。ハートマウンテン日系人収容所跡で毎夏開かれる巡礼行事に参加した。元裁判官のレイモンド・ウノさん(88)はこの収容所から解放された後、鉄道労働者として働いた経験がある。それが縁で中国人労働者の名誉回復を支援してきた。「中国系、そして日系。この国では少数者を排斥する歴史が繰り返されてきた」折しも、トランプ大統領が非白人の女性下院議員に「元いた国に帰ったら」と言い放つ騒ぎがあったばかり。そして衝撃的だったのはトランプ氏の選挙集会で支持者らが「彼女を送り返せ」と叫んだことだ。季節の病のように、排斥の時代がまた巡ってきたのだろうか。重苦しさは出会った人々の顔にも浮かんでいた。「米国人はいつもスケープゴートを探している。昔は中国人。今は中南米から来た人」と、曽祖父が鉄道労働者だった女性。母親がワイオミングの収容所にいた日系人男性は「大半がルーツをたどれば移民。『国に帰れ』は自らにはね返る言葉だ」。集会を何度か取材した経験から、私はトランプ氏の支持者たちが差別主義者とは思わない。一対一で向き合えば、彼らが気さくで、意外なほど寛容なのを知っている。人は完璧ではない。だれしも心の奥底に不満の原因を誰かになすりつけたい「とげ」を持つ。問題は、それを巧妙に呼び覚まし、利用する政治家がいることだ。憤激に駆られ、銃を手にとる者もいる。ところで大陸横断接道には、野牛の乱獲と、それを生活の糧にしていた米先住民社会を衰退させた負の側面もある。言うまでもなく、彼らに「帰る国」はない。

 

 

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