8日 原発内 癒しのコンビニ

朝日新聞2017年3月5日39面:休みなく廃炉作業「やすらいでほしい」 東日本大震災で事故を起こした東京電力福島第一原子力発電所。昨年3月、その構内にコンビニエンスストア「ローソン東電福島大型休憩所店」ができた。作業服の男たちが5人ほど、眠そうな顔つきで廊下に立っていた。午前5時55分。あと5分で開店だ。
「おはようございます」。あいさつを合図に、店の中はすぐに客でいっぱいになった。サンドイッチやおにぎりを抱えた客の列が伸びていく。「いつも通り?」 店員が客に声をかけた。うん、と答えた男性作業員は、お気に入りのたばこを渡され「店員とはもう友だちだからね」。
毎日6千人の作業員が働く第一原発。作業員の要望を受け、復興支援として出店した。多い日は1500人が来店する。ほとんどは男性。店内には40種類のカップ麺が千個、天井までうずたかく積み上がる。
売れ筋はシュークリームなどのスイーツ類。まとめて三つ、四つ、買っていく客もいる。福島県内のローソンで、最もスイーツが売れた店になった月もある。弁当や缶ジュース、雑誌は売っていない。ゴミは構内で処理するのが原則で、弁当の容器や空き缶はかさばり、処理しづらいのが理由だ。雑誌も「休憩所とはいえ職場だから」と東電とローソンで決めた。
店があるのは大型休憩所と呼ばれる9階建てビルの2階。窓は7階に二つしかない。店の付近の空間放射線量は、毎時0.07マイクロシーベルトほど。首都圏でも測定されるレベルだ。客も店員も防護服は着ていない。
1キロ先には4基の原子炉建屋が並ぶ。2号機の格納容器内では、溶け落ちた核燃料とみられる物体が1月末に初めて撮影された。
■    ■
午前9時、アルバイトの佐々木早智子さん(34)がレジに立つ。「会いに来たよ」と声をかける客が増えた。第一原発で女性を見ることはほとんどない。働く前、佐々木さんは少し不安だった。バイトが決まったと伝えると「マジで」と眉をひそめる友人もいた。説明会で放射線量は低いと聞き、気にならなくなった。時給は1500円。自宅のあるいわき市内のコンビニでは考えられない。バイト代は3歳と1歳の娘の将来のお稽古代のためにとっておく。
事故直後、政府や自治体は周辺の12市町村に避難指示を出した。区域内にセブン―イレブンやローソン、ファミリーマートの3社だけでも29店があったが、全店が営業を休止した。それから6年。廃炉や除染、道路工事などで働く人たちの求めに応じるかのように、北から、南から、コンビニは原発に一歩一歩、近づいてきた。8店が再開、5店が新規開店した。
原発から南に9キロのローソン富岡小浜店は昨年7月に開店した。被災家屋の解体をしている工藤満久さん(60)は、車の中で湯気が立つチャーハンをほおばった。「温かいものが食べられるって、貴重だよ」
■    ■
もうすぐ午後7時。閉店の間際になった第一原発のローソンに、この日最後の客がやって来た。手にしたのはカップ麺とカフェオレ。第一原発の廃炉作業は24時間、休みなく続く。 店長の名札をつけた黒澤政夫さん(41)は、事故前の第一原発を知る。
あの日も、第一原発にいた。原子炉建屋近くにあった食堂の店長だった。3月12日午後に1号機建屋が水素爆発した日も早朝まで免震重要棟に避難していた。作業員の中には、食堂時代の顔なじみもいる。疲れ切った表情は、別人のようにも映る。「うちは普通のコンビニじゃないんです。ここにいる時くらい、やすらいでほしい」
定休日の日曜日を除いて毎日店に立つ。早番だと午前6時から午後0時まで。遅番だと休憩を挟みつつ、午前6時から閉店の午後7時まで。こんな勤務を同僚と3人で回し、アルバイト2人が支える。日本にコンビニが生まれて40年余り。47都道府県に5万店以上が立つ。廃炉作業が終わるのは、30~40年後が目標とされている。
午後7時。最終の客を送り出すと、黒澤さんは店の照明を落とし、入り口に鍵をかけた。外に出ると、出勤したときと同じ、星空が広がっていた。
(鈴木剛志、茶井祐輝、石塚大樹)

 

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る