8日 仰げば尊し【3】

朝日新聞2017年5月5日4面:「知識より気持ち」28歳、起業 お客さんが、10億円かけてつくったシステムが動かずに困り果てている。何とかしないと。久田真紀子(42)は、つてをたどって、長谷川清(58)にたどりついた。カリスマエンジニアだった彼は、1カ月で解決した。
久田は、どうやったの、と尋ねた。長谷川の口から難しいIT用語が出てくるんだろうな、と思った。ところが、彼は言った。「ある機械は日本語を、ある機械はフランス語を話していた。それを全部フランス語にしただけさ」久田の心にストンと落ちた。IT用語をたとえ話にしてもらったら私にも分かるな。それ以来、分からない用語があったら、「それを食べ物にたとえてよ」などと聞き、自分だけの辞書をつくっていった。
営業成績が上がっていった。知識じゃない、客の気持ちになることが大切だ、と悟った。<水商売と同じだな。この業界でやっているかも> そう思っていたら、久田をITの会社にいざなった「師匠」に言われた。「退社して起業しなさい」。女性の第三者検証会社をつくるのが師匠の夢だった。ホステスとしての行動力と人脈の広さで、久田なら出来ると、考えたのだ。
さかのぼれば、師匠は、師匠であるCSK(現SCSK)の創業者、大川功に言われていた。「家庭にソフトが入る時代になる。第三者検証は、女性が活躍する仕事だ」。大川はタクシー会社を立ち上げた「ベンチャーの草分け」。2001年に74歳で死去していた。
03年7月、久田は28歳で「ヴェス」を起業した。たくさんの人たちが助けてくれた。経理、総務などに経験がある人材を雇い、組織を固めた。師匠はしばらくの間、仕事をくれた。長谷川は、従業員にITのイロハからたたきこんだ。そして、久田は、ソフトやアプリの検証をする女性を雇っていった。全従業員150人のうち3割は、女性の検査員である。
川綱正美(53)は、もともと専業主婦。12年前に夫を亡くし、ふたりの子どものために働く必要に迫られた。パソコンを学ばなくてはと思ったが、スクール代が高すぎた。ヴェスの求人情報に「パソコンを無料で教える」あった。採用されたとき、久田に言われた。「あなたにはキャリアがある。子育て、妻、PTAすべてが女性のキャリアなんだよ」
更年期で体調を崩したときも、久田に励まされた。「更年期の先に、明るい未来がある。3カ月休んで復帰すればいい」 中村文代(32)は元コンビニの店員。白岩絵美(29)は元食堂の調理師。誠実で腰掛ではないこと、が採用基準である。 カーナビの地図ソフトをつくる「ゼンリンデータコム」の担当部長、望月浩市(47)は言う。「急でこまかいお願いに対応してくれて不具合を見つけてくれる。助かっています」
社内に「中国に拠点をつくるべきだ」との声が上がった。けれど、久田は4年前、岩手山のながめが美しい岩手県滝沢市に拠点をつくった。日本人を雇用してこそ日本の経営者だ、と考えた。地元にITの仕事があるうれしさをかみしめながら、40人が働く。
「自分に知識がないと公言し、人を味方にしてしまう。判断は直感的。ずば抜けた人間力の持ち主」。大手監査法人で女性起業家を見てきた担当者の、久田評である。
時は流れ、15年3月。もうすぐ不感、40歳になる久田に、知らせが飛び込んできた。「千夏」が死んだ!
=敬称略 (編集委員・中島隆)

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