7月21日 失われた言葉 変わる風景

朝日新聞2019年7月19日27面:記者歴34年 参院選に思う 参院選の投票日が近いというのに、どうも釈然としない。記者になって34年、政治の風景は随分と変わってしまった。何が違うのか。(福田宏樹) 夜遅く、不安顔の私の肩を叩いて、大丈夫だよ、と言った。自民党内の情報では60議席は超えるようだ、我々の読みは間違っていないー。翌日の参院選投票日、まだ日の髙いうちから衝撃的な数字が飛び交い始めた。自民党の単独過半数回復が焦点と報じていた選挙である。ところが改選61議席の確保も及ばず40議席台で惨敗の見通しになったのだから、選挙担当だった私は肝を冷やした。経済失政を問われた橋本龍太郎首相は直ちに辞任を決めている。1998年7月のことだった。後日、私は社内報に「『民意』に横っ面を張られた」と書いている。永田町界隈ではもう世の動きはわからないー思えば当たり前のことを痛感させられた選挙だった。58.8%に上った投票率が大きい。 一層見えぬ民意 20年余りが過ぎた。民意の動きは一層わかりにくい。デジタル化で社会の様相は目に見えて変わったが、そればかりではない。私のような還暦前後の世代には、かつて自明だったことが総崩れしている感さえある。最たる一つが、政治家から言葉が失われてしまったことだろう。軽くなったどころではない、言葉が放逐されている。国会では4月以降、予算委員会が開かかれることはついになかった。辛うじて開かれた党首討論を聴きに行けば、安倍晋三首相は言いたいことを並べ立てるのに忙しい。その安倍首相、自民党ホームページでは遊説日程を告知してこなかった。お忍びで選挙演説というわけでもあるまい、しかも首相である。衆院解散の大義など一日でつくれるという自民党幹部の発言もった。かつて国会議員は大義という言葉をもっと大切にしていた。自分たちは負託を受けて国政を担う立場にあるのだという自覚、そういう者の権威を損なってはならぬという自負と、それは不可分だった。政治はきれい事では済まないが、建前としてのきれい事をおろそかにしない姿勢は与野党にあった。参院選の焦点は年金問題だという。ますますの長寿社会、安心して暮らせないのでは確かに困る。だがそれは、どんな問題でもそうであるように、大前提のもと戦わすべき議論だろう。大前提とは、最低限のルールを共有しつつ私たちはこの国を型作っているということであり、最低限のルール、規範とは言うまでもなく憲法である。4年前の安保関連法成立が分水嶺だった。集団的自衛権行使をめぐる解釈が一内閣の閣議決定で覆され、砂川事件の最高裁判決はねじ曲げられて、揚げ句の採決強行である。これが通るなら通らぬ理屈はない。後に発覚した公文書改竄も森友・加計問題も推移はむべなるかな、うそや方便が大手を振る。
 薄れる戦争体験 平和国家としての戦後の歩みは、戦争体験の集合的記憶に頼るところ極めて大だった。近現代史をたどる幾つかの長期企画に検証に欠けていれば、体験者が支えるものは細る。肥えるのは勇ましい議論で、北方領土は戦争で取り返すしかないと言わんばかりの国会議員まで現れた。「愛国心」の取材でアメリカ各地を回った時、印象に残った一つがウォルター・リード陸軍病院だった。イラク戦争で腕や足を失った若者たちが懸命にリハビリしている。戦闘に加わるとはこういうことで、死ぬか生きるか、画面上で戦うゲームと違って肉体の激痛が待つ。安全保障の議論の前に、その単純な事実にあまり無頓着な人が増えた。私が子供だった1960年代には町なかで傷痍軍人を見ることが珍しくなく、戦争とはどういうことかがまだ可視化されていた。今はない。良いことには違いないが、再びそうならなぬためには努力と想像力が少なからず要る時代になった。 可能性を探して アメリカを見てもイギリスを見ても昨今は混乱続きで、かつて自明だったことがそうではなくなっているのは日本だけではない。だが何でもかんでも欧米にならうこともない。自民党の改憲草案は天賦人権説を西欧由来だからと退けて日本には日本のやり方があるという一点においては考えどころを提供している。かつての日本のようにあらぬ方向に走らず、しかし西欧とは違う日本の歩み方はないかー。昨年100歳で亡くなった思想史家の武田清子は、歴史は常に動いていくもので、「それを否定的に見てしまうと、すべてが無意味になってしまう」と言い残している。不可能に見えても、その中には驚くような新しい可能性が常に宿されているのだ、と。であれば目を凝らすしかない。この参院選にも、その候補者一人ひとりのなかにも、それは宿されているかもしれないのである。

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