7月12日 働けない。「2000万円」の焦燥 

朝日新聞2019年7月7日1面:老後不安50歳 非正規からひきもり 「非正規で長く働いてきました。体に負担のかかる仕事ばかりで、どんなに頑張っても、月給は20万円に届かない。結局、転職の繰り返し。しかも精神疾患を患い、自宅にひきこもりました」ー。そんな書き出しで始まる投稿が6月、朝日新聞に届いた。「中高年のひきこもり61万人」の特集記事を読んだ、千葉県の男性(50)からだった。新聞投稿が、唯一の生きている証し。そう書いてあった。男性の自宅を訪ねた。幹線道路沿いにある、築20年を超す木造家屋だ。70代母親と2人暮らし。寝起きしている2階の自室の窓から、通りの車の音が、かすかに響く。
「ウチしか居場所がない。年を重ねて、就労が難しいこともわかっている。結婚は絶望的でしょう。こうれからの生活や老後を考えると、胸が苦しくなる」。8畳間の畳の上で、男性は、自己否定の思いと将来不安にじっと耐えていた。大学卒業後、正規雇用の仕事についたが、人間関係のトラブルなどで退職。30代後半から10年間、介護や警備など非正規のしごとを続けた。勤務先は10社以上変わった。「正社員になって家庭を持ちたい」と思い、履歴書を何通も送ったが、面接にも至らなかった。3年前に心を病み、ひきこもり状態に。いまも治療を続ける。母の年金と自身の障害年金が頼みの綱だ。「老後2千万円問題」のニュースをみると、「一体いくらお金があれば暮らしていけるのか」と、不安をかきたてられる。政治に望むのは、自分のような中途採用の就労のハードルを下げてほしいということだ。「アルバイトではなくて、安定して働ける仕事を増やしてほしい。働くことさえできたら、老後不安も消えていくと思う」 いま非正規雇用は2120万人(18年)。10年前から約350万人増え、働く人の4割に迫る。不安定雇用や社会的孤立から抜け出せず、このまま老いを迎えるのではないか。そんな胸苦しい「老後不安」を抱え生きる人は、もはや例外とは言えない。(編集委員・清川卓史)
2面:開けぬ展望「老後、ひとりぼっち」 「これからどうするの?」。自宅にひきこもりる千葉県の男性(50)に、息子の将来に胸を痛める母が時々、声をかける。体力維持のために散歩をする、障害のある人の活動場所に通うなどの努力はしているが、展望は見えない。大切な母には、母の日にカーネーションを贈る。でも、デパートなどで「父の日フェア」を見ると、自分は父じゃない、父にはなれないという思いに襲われて、目頭が熱くなる。時給制で不安定だった非正規の仕事から抜けられず、家族は持てない、とあきらめていた。いつか、母がいなくなったらー。考えたくない未来が脳裏を離れることはない。「ひとりぼっちの老後にある寂しさ。親の年金がなくなる、現実的な不安もあります」内閣府の推計では、40~64歳の「中高年ひきこもり」は全国に61.3万人。総務省統計研究研修所の西文彦教授の推計では、親と同居する35~54歳の未婚者おうち、失業などで基礎的な生活を親に依存している可能性のある人は、2016年時点で80万人を超す。
全財産8万円 受診せず手遅れ 参院選が公示された4日、群馬県の前橋協立病院を訪れた。医療福祉相談室長の堀込真弓さんが、2階の病室に案内してくれた。末期のがん患者だった70代後半の男性は当初、痛み耐えつつ、「入院のお金はない」と訴えた。一人暮らしで頼れる家族はなく、年金は月10万円。家賃を払うとギリギリの生活だったようで、所持金と預貯金を合せて全財産は約8万円。数カ月前から様々な症状に苦しんでいた。後期高齢者医療制度の保険料は収めていたが、経済的理由で受診していなかった。男性は、この病院が実施している、生活が苦しい人の医療費を減免する「無料定額診療」という制度で治療を受けた。食欲はなかったが、好物のアイスは食べた。「お金がなくても、診てくれるんだよね。もっと早く来ればよかったかな。がまんしてたんだよ・・」。ベッドに腰かけてつぶやいた男性の言葉を、掘込さんは覚えている。入院から26日後、男性は亡くなった。老後の生活費が2千万円不足するという報告書が、波紋を広げている。
一方、金融広報中央委員会の調査によれば、70歳以上の2人以上世帯の3割近くは金融資産がない。厚生労働省の統計では、国民年金だけでの高齢者が受け取る額は、平均で月約5万円。この男性のような医療・介護の利用抑制は表面化しづらいが、埋もれる実態は深刻だ。生活に困窮して医療機関を受診せず、手遅れになって亡くなった人の状況を、全日本民主医療機関連合会が調べている。加盟する636医療機関を対象にした調査によると、手遅れ死亡事例は18年で全国に77人。05年の調査開始以降、最も多くなった。半数以上が一人暮らしで、60代以上が7割を超す。約半数は、保険料を払って正規の保険証を持っていたという。東京都内の総合病院に勤める医療ソーシャルワーカーの女性は、認知症や要介護の高齢者の年金に、無職の中高年の子どもが依存しているケースを心配している。「経済的な理由で医療・介護サービスを高齢者が使わせてもらえず、家族に虐待されている事例を何件も見ています」「無料定額診療」は、社会福祉法に定められた事業で、厚労省によると17年度は全国で687の医療機関が実施、延べ756万人以上が利用した。中野共立病院(東京都)の渋谷直道・医療社会課長は「最近、50代のコンビニのオーナーさんから医療費の減免申請があった」と顔を曇らせる。売り上げから人件費や本部への指導料などを払うと、残るのは月数万円か赤字という状況が続き、治療費の負担が困難になったという。「高齢者だけでなく、働いている人も厳しい。こんな状況で老後の2千万円なんて到底、無理な話です」
「最後の安全網」議論を 日本総合研究所の星貴子・副主任研究員の試算では、収入が生活保護基準を下回り、かつ貯金がないか不十分な「生活困窮高齢者世帯」は15年は287万世帯だが、35年には394万世帯と、100万世帯以上増える。社会保険料や医療・介護の自己負担は上昇が続き、さらなる負担増も視野に入る。安全網からこぼれ落ちる人は、もっと増える恐れがある。2040年代以降は、就職氷河期世代(ロストジェネレーション)が高齢期を迎える。不安定雇用や社会的孤立で苦しんだ世代が低年金・無年金に陥ったとき、危機はさらに深刻になる。急速に拡大する高齢者の貧困と孤立。保険料の軽減拡充など負担を軽くする社会保険の見直しは欠かせないが、それだけでは限界がある。「最後の安全網」である生活保護の機能強化や住宅手当の創設など、賃金や年金の減少を補う貧困対策の強化に正面から向き合わなければ、不安の解消は難しい。そのための財源確保の議論も必要だ。すでに生活保護の利用者は半数以上が高齢者世帯だが、根強い偏見や運用の問題などから利用率は低い。日本弁護士連合会は2月、生活保護法の改正要綱案を改訂した。「生活保障法」への名称変更や、一歩手前の困窮層への医療費・住宅費の支給など、議論のたたき台になるものだ。年金をきっかけに一大争点となった老後不安だが、「最後の安全網」のあり方についても議論を深めるべきだ。
(編集員・清川卓史 貧困問題、認知症、ひきこもりなどのテーマを取材)

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