7月11日 評価が怖い「承認欲求」の呪縛

朝日新聞2019年7月7日GLOBE7面:過度な期待の果て 頑張っている若手に「期待しているから頼むよ!」と声をかけるから、突然出社してこなくなったー。日本で今、そんな笑い話しみたいな現象が起きていると同志社大学教授の太田肇(64)は言う。根底にあるのは、人間の根源的な欲求の一つ「承認欲求」だ。米国の心理学者アブラハム・マズロー(1908~70)の研究によれば、人間の欲求には五つの段階があり、低次の欲求が満たされると、次の髙い段階の欲求が現れる。他者から認められたいという「承認欲求」は上から2番目。インスタ映えする写真をSNSにアップして、「いいね!」ボタンをたくさん押してもらいたいというのも、この承認欲求を満たしたいがためなのだ。30年以上前から研究を続けている太田は初め、承認欲求の「光」の部分に着目した。「良い形で作用すると、モチベーションを刺激し成果を上げる強力な原動力になる。健全に成長していくといっても過言ではありません」 だが最近、「影」の部分が日本の若者に深刻な影響をもたらしてと考えるようになったという。「身近な例は大学院生のドロップアウト。真面目で優秀な学生ほど期待されるとプレッシャーを感じてやめてしまう。承認欲求はいったん満たされると、こんどは『認められなければ』と思うようにより、生きづらさや精神疾患につながることもあるのです」 太田はこれを「承認欲求の呪縛」と呼ぶ。今春、関西地方の大学生400人余りにアンケートを実施したところ、大半が高校までに何らかの呪縛経験をしていた。
大学1年の男性は、「高校で成績が上がって褒められて以来、点数を強く意識するようになり、それが原因で円形脱毛症になった」と告白した。同じく1年生の男性は、「少年の頃、周囲から、『イケメン』と言われているうちに、それを意識して吃音になった」。「バイトで期待され、それが重荷になって体調を崩した」(1年女性)、「テストで毎回満点を取っていたら、試験で手が震えるようになった」(1年男性)ーなど、ストレスが身体的な症状を引き起こした学生が少なくなかったという。「今の若者たちの多くがとてもまじめで、大人の言うことをハイハイと聞きて褒められて育った。承認欲求を満たすためにガツガツしていた昔の若者と違って、評価に疲れている。だから、過度の期待を感じると、自己防衛的に逃げ出してしまうかもしれません」でも、それって評価する側には難題だ。厳しくすればへこむし、褒めれば期待が重荷になる。どうすればいいの? 太田によれば、人間性や人格を褒めるのは最も呪縛に陥りやすいパターンだという。「優しくて良い人だねぇ、というのはダメ。今は生成が良くないけど、ここを伸ばせばもっといける、という感じで、潜在能力を具体的に褒めてあげるのがコツです。組織外の空気に触れさせたり、プレッシャーを感じ過ぎないように逃げ道を作ってあげたりするのも大事です」(玉川透)
同日6面:全員査定、サイコロ給・・年功序列から脱皮 年功序列、ピラミッド組織、機能不全の成果主義・・。従来型の人事評価制度を疑い、独自の道を歩む日本企業もある。キーワードは「納得感」だ。お給料は、社員全員で話し合って決めるー。ITコンサル会社「アクロクエストテクノロジー」(横浜市)は1991年の創業からこの方針を貫く。副社長の新免玲子は言う。「給与こそ一方的に決められたくない評価の際たるもの。経営者ではなく、社員全員の話し合いで納得して決める方法を選びました」でも、いったいどうやって?「ハッピー査定360」と銘打った全員査定は、毎年10月に行われる。まず社員80人が他の全員について、「見習いたい点」「改善したい点」を実名で記入。社内のサーバーにアップされ、全員が閲覧できる。その後、面と向かって話す「コメント発表会」が開かれる。続く全体会議では本音トークが炸裂する。「〇〇さんは話しのポイントが分かりずらい」「△△さんはプロジェクトマネジャーの割に、ポリシーが見えない」ー。若手が年上の上司をばっさり、というのも珍しくないという。さすがに社内がギスギスしませんか? 新免は首を横に振る。「何ができるかを客観的に話し合う、加点主義がベースにある。その上で、指摘も本音で飛び交うから、納得感も高まります」 全体会議を経て異論が出なくなったところで、全社員の「点数」を決定。独自の計算式に当てはめ、それぞれの給与額が決まる。その金額もすべて公開されるという徹底ぶりだ。平均年齢33歳の社員たちは、どう思っているの? 東京大学卒で入社3年目の片岡知泰(27)は。「自分の短所を見ないようにしてきたので、すばっと指摘された時は、ウッと(ショックには)思いました。でも、後になって言ってもらえて良かったと思いました」。他方、新免は若い世代の変化も感じている。毎年3月、内定者を集めて「初任給公開オーディション」というイベントを開いてきた。全社員の前で10分間のプレゼンをしてもらい、初任給を提案してもらう。「先輩たちを納得させられれば、いきなり高給を手にできる。これまでの最高提示額は50万円でした」だが、今春から金額の自由提案をやめた。プレゼンは続けるが、23万~25万円の間で競わせる手法に変えた。事前にどちらがいいか内定者に尋ねると、全員が後者を選んだという。新免は言う。「自分の価値をアピールして挑戦してやろうという若い人が少なくなってきたように感じます。残念ですが、時代の流れなんでしょうね」
選んだ同僚5人の評価 自分の働きぶりを見てくれると思う同僚5人を選んで、その人たちの評価で給与が決まるー。求人サイトの運営などを手がける1部上場企業「アトラエ」(東京都)は、そんな評価制度に昨年から取り組んでいる。そもそも、2003年の創業時から必要な取締役などをのぞいて肩書、序列がない。つまり、課長、部長といった中間管理職がいないのだ。上司も部下もないから出世・昇進はないが、昇給はある。具体的な仕組みはこうだ。年2回、社員は自分の働きを理解していると思う同僚5人を評価者として選ぶ。指名を受けた5人は、①事業にどれぐらい貢献したか、②組織づくりにどれだけ貢献したかーという2点だけを評価する。その結果を独自のアルゴリズムにかけて、給与額をはじき出す。社内の反応は上々だ。外資系コンサルから転職した入社3年目の林亜衣子(39)は、「自分の所属チームだけでなく、他のチームで一緒に仕事をした人も評価者に選べる。ふだん仕事を見ていない上司に評価されるより、断然納得感があります」。うーん、それでも心配だなあ。評価をしてもらう人に「飯おごるから明日たのむわ」みたいな、談合は起こらないの? 評価プロジェクト責任者の谷口孟史(30)は言う。「制度上、談合を完全に防ぐのは無理。ただ、あしき因習で飲み会で人事が決まっていたようなこともあるわけで、ことら(5人評価)の方が防波堤は築きやすいし、談合のハードルも高くなると思います」
サイコロで決める給与 賞与の一部をサイコロで決めるIT企業もある。1998年創業で東証マザーズ上場のカヤック(神奈川県鎌倉市)。社員約300人の平均年齢は30代。9割がプログラマーなどのクリエーターだ、月末になると「今日はサイコロ給があります」と社内アナウンスが流れる。集まった社員たちは、拳より大きい専用のサイコロを一人一人振っていく。例えば6が出たら月給の6%の額がその月に上乗せられる。3ヵ月連続で同じ数字を出すと、さらにお得。6.6.6と出た場合、3ヵ月目は6%ではなく、倍の「12%」に自動変換されるルールだからだ。昨年最も多い上乗せ額を得た社員の荒賀謙作(37)は「これは大きいです。もちろん、勝負かけています」。まさに「神様任せ」の取り組み。それだけに「めちゃくちゃ頑張って働いた月に1が出ると、結構ドテッてなります」と社員の綿引啓太(33)。こんなことをするには、理由がある。「人間が人間を評価するなんて、そもそもいい加減。上司の感情ひとつで変わる。だから評価なんて気にするな、ということ」。執行役員で人事部長の柴田史郎(38)は、そう説明しながら大笑いした。一般的に、会社の方向性にあわせて社員をめとめるために評価がある。会社に個人を寄せていくから個人の主体性がなくなる。同社にも方向性はあるが、むしろ好きにやってもらい、そこから生み出した何かを還元してくれればいいという。「上下関係は相当努力していかないと、すぐにピラミッド型に戻る。カヤックでも、何もしないと重力でそうなります。コミュニケーションを大切にしながら、なんとかやっています」と、柴田は本音をもらした。(玉川透、山本大輔)

 

 

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る