7日てんでんこ 皇室と震災Ⅱ【1】

朝日新聞2017年7月5日3面:地元は乗り気でなかった。それでも宮内庁側は重ねて訪問の意向を告げてきた。 天皇陛下は皇太子時代の1955年10月、伊勢湾台風の被災地を訪れている。当時25歳。4月に結婚した皇太子妃美智子さまは懐妊中で、単身での訪問だった。伊勢湾台風は59年9月26日に東海地方を襲い、暴風雨と高潮で愛知、岐阜、三重3県の平野部が泥水につかった。約5千人が死亡・行方不明となり、100万人以上が被災するという甚大な被害が出ていた。
皇太子明仁さまの列車が国鉄名古屋駅に着いたのは台風来襲8日後の10月4日午前11時25分ごろ。東海道新幹線が64年の東京五輪直前に開通する5年も前。午前7時に出発する特急「第一こだま」で4時間以上かかった。月刊誌「日本」59年12月号にルポ「皇太子水害地を行く」が載った。筆者は中部日本新聞(のちの中日新聞)の宮岸栄次社会部長。
「田という田は一面の水びたし。豚やニワトリの死骸が浮き、木ぎれやゴミがただよう中で、収穫期を前にした稲は重く水中に頭を垂れて死んでいた」-。車窓から見えたであろう風景をこう描き、地元の状況について「災害救助法発動下の非常事態であるため、地元では皇太子の視察、お見舞いなどとうてい受け入れられる態勢ではなかった」と指摘した。「さきに天皇ご名代として来名(名古屋来訪)される話があったときも、すでにおことわりするハラであったし、十分な準備や警備は、むろんできないばかりか、そのためにさく人手が惜しいほどだったのだ」と。
それでも宮内庁側は「重ねて来名の意向を告げてきた」という。 「いま見舞っていただいても、なんおプラスもない。被災者にとっては、救援が唯一のたのみなのだ。マッチ一箱、乾パン一袋こそが必要なのだ、という血の叫びであった」とまで書いた。
皇族が被災地を訪れる前例は、23年の関東大震災で大正天皇の摂政だった裕仁皇太子(のちの昭和天皇)や48年の福井地震での三笠宮などがある。今回の伊勢湾台風被災地訪問は、皇太子明仁さまの強い意欲もあった。(北野隆一)

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