7日 私の十本 吉永小百合【15】

東京新聞2017年6月4日2面:細雪【下】 「細雪」の撮影中、吉永さんは、市川監督から次作の出演依頼を受けた。宇野千代さん原作「おはん」だ。ふがいないが憎めない男を巡る妻と愛人の物語。石坂浩二さん、大原麗子さんらが共演だった。女の情念を妖しく、かつ美しく描いたこの作品で、市川監督は文楽を映画の中に取り入れようと試みていた。そして、吉永さんもそれに応えた。
「『細雪』の時は何も考えられなかったんですけど、『おはん』では、人形遣いである市川監督に動かされるままに演技してみようと思いました。『そこでかすかに揺れて』『切なくヒィと泣いてほしいんや』と、監督に注文されるままに動きました。ラストシーンで『観音様みたいに笑ってや』とぼそぼそって言われ時は、観音様ってどんなふうに笑うんだろうと思いましたが(笑)」
「おはん」は1984年10月に公開、同年の「天国の駅」(出目昌伸監督)と合わせ、吉永さんに日本アカデミー賞最優秀主演女優賞をはじめ多くの賞をもたらした。市川監督から、新藤兼人さん原作の「小説田中絹代」を映画化したいと提案があったのは、ちょうどその頃だった。
「とんでもない、とても、田中絹代さんを演じるわけにはいきませんってお断りしたんです。私は日活時代の『光る海』で、初めて田中さんにお会いした時、貫禄に圧倒されて、震えっぱなしでした。よく存じ上げていてた田中さんを演じることには、ためらいがありました」迷う吉永さんに市川監督は再び魔法をかけた。
「あなたと僕で、田中絹代でもない、小百合ちゃんでもない、一人の映画女優を作ってみようや、とおっしゃったんですよ。その言葉に何かもう、ぐっときて、やらないで後悔するより、当たって砕けてみようと決心したんです」「映画女優」というタイトルで田中絹代さんの半生を描いたこの作品で、大きなテーマになったのは、絹代と溝口健二監督(役名は溝内監督)との、火花を散らすような熱い関係だ。「私もこの映画では市川監督とぶつかり合い、真剣勝負をして火花を散らしてみようと思いました」
溝内監督を演じた菅原文太さんとは初共演だった。「とてもいい思い出です。映画の中で、初出演した溝内作品の撮影を終えた絹代が徹夜明けで、撮影所のそばを流れる鴨川に入り疲れをいやしていると、監督が近づいてきて『冷たいでしょ。よく体が持ちましたね』と声を掛けてくれる場面は、今も私の中で一枚の絵になっていますね」
87年1月に公開された「映画女優」は吉永さんにとって99本目の出演作品だった。吉永さんは、映画館に通って7回も見た。出演作品はいつも変装して映画館で見るが、7回は最高だ。見れば見るほど、この映画が好きになったという。「市川さんの映画に対する思いが伝わってくる。演じることがめちゃめちゃ楽しい映画でした」
公開から2カ月後、吉永さんは42歳になった。原節子さんが最後の映画作品に出演した年齢だ。「田中さんもその年齢でとても悩まれたと聞き、自分もずいぶん迷いました。でも、この映画に出たことで、映画女優として自然な形で年を重ねていくのが、自分にとって一番いい生き方だと思えました。それから、さらに映画が好きになった気がします」
「細雪」から始まった市川監督との4作目、最後のコンビとなったのは「つる 鶴」(88年)だった。吉永さんの映画出演100本目となる記念すべき作品になった。(聞き手=立花珠樹・共同通信編集委員)

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