6月7日 日曜に想う 編集委員 福島申二

朝日新聞2019年6月2日3面:小さな警鐘 聞こえるか 人知れず進行している異変が、小さなできごとによって表に現れてくることがある。水俣病は、ある漁村の住民がネズミの急増に困って市役所に駆除を申し込んだ、と地元紙に報じられたのが世にしられるきっかけになった。漁村にいたネコが原因の分からぬまま相次いで死に、ほびこるネズミ被害に手を焼いてい陳情に至ったのだった。あとになって振り返れば、ネコは、死をもって危急を告げる炭坑のカナリアのような存在だったかと思えてならない。ひるがえってこちらは、地球規模の危機を知らせるカナリアかもしれない。オーストラリア北部沖の小島に生息していたネズミの固有種が絶滅したと、同国政府が2月に発表した。ブランブルケイ・メロミスという種で、その島にだけ生息していた。なぜ「カナリア」なのかというと、地球温暖化の影響で絶滅した初の哺乳類とみられるからだ。サンゴ礁の島は4~5㌶で海抜は3㍍に満たない。温暖化による海面上昇で浸水して生息域を奪われたとみられ、10年前に確認されたのが最後になった。日本ではあまりニュースにならなかったようだが小ネズミの受難に耳をすませば、地球の悲鳴が低い声となって聞こえてこないだろうか。温暖化ばかりではない。新参者ホモ・サピエンスが手荒く君臨するこの星で、何か取り返しのつかないことが進行しているのではないかという不安が、胸をよぎっていく。80億人に迫ろうという人間をのせて地球は回る。自分もその一員ながら、さぞ重かろうと案じずにはいられない。自然の負荷は増すばかりだろう。世界の科学者が参加する国際組織(IPBES)が先ごろ、生物多様性と生態系の現状についての報告をまとめた。生物多様性と聞けば難しいが、いわば地球上の「命のにぎわい」である。報告は、それらが人間によって侵されている深刻な状況が示されている。たとえば、いまや陸地の75%は大きく改変された。海域の66%で環境が悪化し湿地の85%は消滅した。地球所に約800万種とされる動植物のうち100万種が絶滅の危機に瀕しているという。
膨大な種の生き物は、それぞれが人知を超えて結びつき、作用し合って、ゆたかな生態系をつくっている。その恩恵を存分に受けながら、我々はかつてないペースで多くを絶滅に追いつめている。大抵は名も知らない種で、トキのように美しくも、ニホンカワウソのような愛嬌者でもない。ほとんどが人知れずに、ひっそりと消滅しているのである。かつてニューヨークの動物園に「世界一危険な動物」という展示があった。檻の中には鏡があって見物する当人が映った。檻には「他の動物を絶滅させたことのある唯一の動物」という説明文もついていた。そんな話を苦く思い出す。
去る5月22日は国連の「国際生物多様性の日」だった。1992年にリオデジャネイロで開かれた地球サミットに先立ち、多様な生物を守っていくための条約が採択された日にちなむものだ。そのサミットで、何より記憶に残ったのは、当時12歳だったカナダの少女が世界に訴えたスピーチだった。「オゾン層にあいた穴をどうふさぐのか、あなたは知らないでしょう。絶滅した動物をどう生き返らせるか、あなたは知らないでしょう。どう直すのか分からないものを、壊し続けるはやめてください」。言葉は大勢の胸を突いた。未来について知ったふうな悲観を言うまいと思う。しかし滅びの危機というのは我が世の春のなかで不気味に育ち、気がつけばぬっと隣に立っているものだろう。茨城のり子だんに次の詩がある。 人類は/もうどうしようもない老いぼれてでしょうか/それとも/まだとびきりの若さでしょうか/誰にも/答えられそうにない/問いものすべて始まりがあれば終わりがある/いまいったいどのあたり? 答えられない。しかしその「問い」を発する賢さが、人間にはある。

 

 

 

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