6月4日 耕論 個人番号カードの未来

朝日新聞2019年5月29日13面:政府がマイナンバー(個人番号)カードの利用者を増やそうと躍起になっている。カードが普及すれば、より暮らしが便利になるという理屈だ。カードが浸透した社会の「未来予想図」は。 民間コラボで生活便利に 向井治紀さん 内閣審議官・マイナンバー担当 1958年生まれ。大蔵省(現財務省)に入り、主計局主計官、理財局次長などを経て、2010年から現職。 マイナンバーが銀行の口座番号だとしたら、マイナンバーカードはキャッシュカードにあたります。口座番号だけでは預金は引き出せませんよね。カードにより、本人確認と番号確認ができるのです。カードを普及させたい理由は、ICチップに埋め込んだ情報で本人確認する「電子認証」を進めたいからです。今は本人確認のために、免許証のコピーなどを提出しています。なんなアナログな方法ではなく、カードで認証できれば、行政事務の効率化だけでなく、民間のIT取引も飛躍的に伸びるでしょう。住基カードが公的手続きにしか使えず普及しなかった反省にたち、マイナンバーカードは民間に開放しました。既にネット証券の口座開設や企業の社員証代わりに利用されています。転売を防ぐためにコンサートチケット代わりに使う実験も進んでいます。消費税増税の際は、マイナンバーカードで購入する自治体ポイントに「プレミアポイント」をつける予定です。ふるさと納税のように、ポイントで買い物できるサイトもあります。民間とコラボすれば、ふるさと納税のように広がるでしょう。
カードの利用者が増えるというのは、「官製キャッシュレス決済」をつくるチャンスでもあります。それにポイントなら使える場所を限定できるため、現金給付より政策誘導しやすい。例えば生活支援のための給付をポイントで支給すれば、趣旨に反して遊興費に使われてしまうといったことを防ぐことができるかも知れません。カードの発行から3年たちましたが、実際に取得した人は13%に過ぎません。開始時にシステム障害が続いたことが大きいですが、「政府に対する不信感」も大きいと思います。中国では「社会信用ポイント」により人々の生活が制限されつつあると聞きます。番号により管理されたくない、という誤解が生まれているのでしょう。しかし、住基ネット訴訟の際に、国が個人情報を一元的に管理することは憲法違反になりうるとの最高裁判決が出ました。民間企業同士がデータを連結することは、消費者が同意すれば自由ですが、国が情報を一元管理することはできない仕組みになっています。現状では、国税庁と厚生労働省がそれぞれ持っている個人情報が、一緒に管理されることはないのです。そもそもマイナンバー制度は、税と社会保障の公平、公正を実現するためのものです。少子高齢化が進むと、負担と給付のやりくりは今以上に厳しくなります。所得隠しをする人や、不正受給をする人を減らすことができる。そのためにも、多くの国民にマイナンバーカードを持ってもらう必要があるのです。(聞き手・諏訪和仁)
運用リスク国民も監視を 鈴木正朝さん 一般社団法人 情報法制研究所理事長 1962年生まれ。新潟大教授。個人情報保護法などを研究。理科学研究所で人口知能と法に関する研究も行う。 マイナンバーカードの普及はまだまだ進んでいません。一方で、使い道は増えています。現在は、マイナンバーカードという犬小屋に、マイナンバーというウサギと、本人確認機能という犬がすんでいるような状態です。カード自体が写真つき身分証であることを含めると、3機能が共存しています。マイナンバーは「実印と同じように大事に」と言いながら、カードは「あらゆる場面で使える」とアピールする。今のやり方では国民は混乱するでしょう。国民はカードに不安を感じるかもしれませんが、マイナンバー自体にはプライバシーの侵害につながるような制度上の大きな「穴」は見つかりません。住民基本台帳ネットワークに対する最高裁の合憲判決で示された論点をふまえて作られているからです。ただ運用上のリスクは当然残るので、国民とメディアが関心を持ちチェックしていくことが必要です。政府は、マイナンバーの使い道を拡大させています。マイナンバーの利用目的は、法律の後ろの方に表形式で載っていて、この部分の改正には注意を払わねばなりません。一つ一つの追加が、実は重い意味を持っているからです。今国会の法改正では、新型インフルエンザの予防接種歴など2項目が加わりました。正当な目的のないアクセスを防ぐため、行政がいつ自分の情報にアクセスしたかをポータルサイトで確認できる仕組みもあります。マイナンバー制度によって国民は行政に管理されますが、一方で行政を一部監視することもできるのです。ただ、これも記録を確認し活用すればの話です。
そもそもマイナンバー制度の本質は、検索できるように体系化されたデータベースを整備し、組織間で情報を連携することにあります。国家にとって、データは権力です。歴史をふり返ればナチスのように国税調査などを元にしたデータベースでユダヤ系の住民を洗い出し、大虐殺に利用した例があります。勝手にデータを集め、コンピューターで処理し、選別することで特定の人に不利益を与えることもできる。その危険性を軽視すべきではありません。一方でマイナンバー制度は当初の反対意見に対応するため過度に運用を縛りすぎたところもあり、活用が十分に進んでいません。大事なのは国民の選別と差別など絶対に防ぐべきことを明確に認識し、そのために必要な義務と権利に重点を置くことです。現代は大手IT企業がSNSなどを通じて個人情報を把握し、「国家権力」に劣らぬ「社会的権力」となっています。国家権力だけでなく社会的権力によるデータ利用の問題もとらえながら、マイナンバーとマイナンバーカードのあり方を検証していくべきでしょう。(聞き手・高重治香)
「国家が行動把握」に危惧 想田和弘さん 映画作家 1970年生まれ。93年から米ニューヨーク在住。「選挙」「精神」など多数ドキュメンタリー映画を監督。 マイナンバーカードの取得を勧める政府のふるまいは、まるで民間のクレジットカード会社のようです。買い物の際に出せばポイントがつきます。健康保険証としても使えます、だからお得ですよ。でも政府とカード会社は、同じなのでしょうか。僕は「消費者民主主義」という造語を使っています。政治家は政治サービスの提供者、主権者は投票と税金を対価とする消費者であるという構図を指します。政治家は、政治サービスを買ってもらうために主権者を慇懃無礼にお客様扱いしますが、同時に、受け身な存在として馬鹿にしています。マイナンバーカードを売り込む政府の態度には、主権者を消費者に見立てる感覚がにじんでいます。カード会社のサービスは嫌だと思えば利用をやめられますが、国から抜け出ることは容易ではありません。また国は「微税権」という絶大な権力を持っています。国と会社は実は全く異質な存在だということを、忘れてはなりません。
脱税していないから問題ない、というものではありません。独裁国家では、政府に都合の悪い発言をする人の言論を封じるために、別件で嫌がることをするのはよくあることです。マイナンバーカードが、将来的に国家権力が個人の消費行動を把握するような目的に使われるのではないか。僕自身は、不安と抵抗を感じます。現代のように、さまざまな民間ITサービスや監視カメラを通じて常に監視されているような時代には、マイナンバーやマイナンバーカードによる情報の把握は、非常にささやかに見えるかもかもしれません。しかし、警戒感は解くべきではないと思います。一方で、カードを取得した人が1割強という数字からは、主権者は必ずしも消費者気分でないことがうかがえます。「政府とカード会社は違う」と本能的に感じているのでしょうか。
普段は政治に関心がない人も、お金が絡むと政府との関係をシビアに考えるのかもしれません。あるいは「マイナンバーカードは大して便利でないから不要」という、まさに消費者的な発想で使っていないだけかもしれませんが。僕自身は米国の社会保障番号を持っています。当初は大恐慌後の福祉政策のために作られた制度でしたが、今では銀行口座開設や就職、納税など、社会生活を営む上で欠かせない番号となりました。お陰で自分の経済活動は米国政府にほぼ把握されています。大規模な番号流出やなりすまし詐欺も起きています。でも制度から抜けることは、事実上不可能です。今や仙人のような暮らしをしない限り、番号なしでは、この国では生きていけないのです。(聞き手・高重治香)

 

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