6月4日 介護事故を考える「下」

朝日新聞2019年5月30日29面:「ゼロは目指さない」逆転の発想で効果 防げる・防げないを区別 原因を徹底分析 高齢者の「生活の場」である介護施設で、事故をどう防ぐのか。模索する中には、「介護事故ゼロを目指すのをやめる」という逆転の発想で事故を減らしているところがあります。(中村靖三郎)
東京都練馬区で特別養護老人ホームなどを運営する社会福祉法人「練馬区社会福祉事業団」は2006年度、事故に対する方針を大転換した。従来の目標は「事故ゼロを目指せ」。とにかく事故を起こさぬよう、利用者には「立たないで下さい」「動かないで下さい」と頼んだ。「『事故を起こしちゃいけない』と職員はピリピリしていた」。同法人の河野敦子サービス向上担当課長は振り返る。しかし、それでも転倒による骨折など事故は相次いだ。そこで、発想を切り替えた。「事故ゼロは目指さない」。防ぐべき事故と何をしても防げない事故を区別し、防げる事故は徹底的に防ぐ対策を進める、という考え方だ。全ての事故を、大小ではなく内容で5段階に分ける。最も避けなくてはいけないレベル1は「ルール違反」、レベル5は防ぐのが難しい「不可抗力」だ。事故は法人本部に集約。法人内でどうすれば再発を防げるか知恵を出し合い、指針やマニュアル・手順書にまとめていったという。その前提として、「事故が起きれば必ず原因を分析する。原因不明は許さない」と、同法人の富士見台特別養護老人ホームの海老根典子施設長は話す。「原因が分かれば対策がとれる」からだ。入居者に原が分からない内出血が相次いだときは、人体図を用意して「何月何日、どこにできたか」を全て記録。すると、車いすからベッドなどに移す際、車いすの足置きをきちんと上げなかったり外さなかったりすると内出血ができやすいことが分かった。気をつけると内出血は激減した。
こうした取り組みを重ねた結果、練馬区に報告が必要な骨折などの重大事故の件数は、取り組み開始の翌年度には半減したという。河野課長は、こう強調する。「ただ『事故ゼロを目指せ』のかけ声では、事故は減らなかった。仕組みを作り、いろんな情報を共有しながら、事故レベルを評価・区別して対策を進めたことで、事故は確実に減ったのです」家族に対しても理解を求める。施設入居した日には、身体拘束などをしないため、事故は起こりうると伝えた上でこう話す。「ぜひ施設の介護のパートナーにんって下さい」。事故があっても、原因をきちんと分析して伝えることで、家族の理解も深まるという。
基準なく遅れる対策/家族と相互理解を 行政の取り組みは遅れている。特養は、入居者にかかわる事故が起きたら、速やかに市町村や家族に報告することが厚労省の省令で義務づけられている。しかし、何が介護事故にあたるかのか国の定義はなく、市町村レベルでも対応はバラバラだ。厚労省は全国の特養と介護老人保健施設での事故について、今年3月に初の全国調査の結果を公表。2017年度に事故で死亡した入居者が少なくとも1547人(速報値)いたことを明らかにしたが、審議会で「統一された(介護事故の)基準もなく、数字がひとり歩きする」などの指摘を受け、調査結果の該当部分を取り下げた。
練馬区社会福祉事業団で事故防止の取り組みを助言し、全国の事業者を対象に介護のリスクマネジメントのセミナーを開く「安全な介護」代表の山田滋さんは、「厚労所や自治体は事業者が防ぐべき義務のある介護事故を明確にして、その防止対策の指針を作るべきだ」と指摘する。さらに、「防ぐべき事故と防げない事故を区別する基準が明確でなければ、現場は疲弊するばかりだ」として、業界団体も基準作りに乗り出すことを求める。また、防げない事故があることを家族に伝える必要性も指摘する。山田さんは転倒をどこまで防げるか調べようと、自ら高齢者役となり様々な条件や職員配置で転倒防止を実験。介護職員が1.5㍍離れてじっと見守った状態でも、転倒を防げたのはたった3割だった。「これまでは科学的な検証もなかった。ただ介護施設の責任を厳しく追及するだけでは、介護職は追い込まれ介護事業は立ち行かなくなってしまう。利用者や家族との相互の理解が不可欠だ」ただ、一部には問題のある施設もある。今後求められる対策として、介護事故に詳しい法政大の長沼建一教授は「日常的に発生して防ぐのが難しい事故は事業者が加入する民間保険でカバーする一方、マニュアルの不備など最低限の対策も取っていない『過誤』に近い事故は、一部でも保険の対象から外し、損害倍賞を施設自らに負担させることで、施設の取り組みの是正を促す仕組み作りが必要ではないか」と話す。

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る