6月2日 耕論 石の上にも三年古い?

朝日新聞2019年5月28日13面:今春卒業の大学生の就職率は97.6%と、超売り手市場が続く。学生側が企業を選びやすいのはずなのに、入社3年以内に約3割が退職している、「石の上にも三年」は、もはや死語なのか。 変わるべきは居座る人 北野唯我さん ワンキャリア最高戦略責任者 1987年生まれ。博報堂、ボストンコンサルティンググループを経て現職。著書に「天才を殺す凡人」など。 どんな仕事でも、最低3年間は頑張り続けた方がいい。かつてまかり通っていた「石の上にも三年」説は、今の時代にあわなくなっています。この説を唱える人の大半は40代以上です。一つの会社に勤め続けるのを美学とし、転職する人が根性がないとする見方が多い世代と言えます。このため働いた年数や年齢だけを理由に、他人の仕事の能力も判断しがちです。
しかし、この説は人口増と経済拡大が前提となります。バブル崩壊後の日本は低成長が続き、人口も国内市場も縮小しています。仕事に対する時間軸も、どんどん短くなっています。「優秀な人材は同じ持ち場にいると1年半程度で飽きてしまい、離職率が上がる」という調査データもあるほどです。そもそも新卒社員の約3割が、3年以内に辞める傾向は昔から変わっていません。初めてつき合った人と結婚して添い遂げる可能性が低いのと同様、就職のミスマッチを完全になくすのは不可能です。私は新卒で入った大企業や外資系企業を若い時に辞め、いまは新卒採用サービス企業の執行役員をしています。自らの経験を踏まえて感じるのは、「石の上にも三年」の前に「どの石を選ぶ」のほうがはるかに大事だということです。仕事における相性を大切にするべきです。
いまの学生は、生まれた時から経済は右肩下がりの低成長だった半面、急速に発達するネットやITに親しみながら育ってきた世代です。彼らの多くは「この前まで良いと言われたもの、変化して当然だ」という感覚を持っています。だから漠然と、自分は一生、同じ会社には勤めないだろうと感じているのです。ある調査によると、約6割が将来の転職を考えながら、就職活動をしているそうです。とりわけ偏差値が髙い大学に通う学生は20代のうちにスキルや専門性を高めたい傾向が強く、コンサルティング会社や外資系企業が就職先として人気を集めています。こうした若者の就労観の変化を受けて、企業の経営者の意識も変わっています。トヨタ自動車の豊田章男社長は今年の年頭あいさつで「トヨタの看板がなくても、外で勝負できるプロを目指してください。どこでも戦える実力をつけた皆さんが、それでも働きたい思ってもらえる環境を作り上げていきます」と檄を飛ばしました。いまや強い会社とは、「いつでも転職できるような人材が、転職しない会社」になっています。生産性が低い産業に多くの優秀な人材がとどまっていることは、日本全体の生産性向上にとってマイナスといえます。変わるべきは、「会社を3年で辞める人」ではなく、「同じ会社に30年以上もただ居座っている人」ではないでしょうか。(聞き手・日浦統)
しがみつく生き方もあり 斎藤由香さん 窓際OL 1962年生まれ。サントリー社員。著書に「窓際OL 人事考課でガケっぷち」「パパは楽しい躁うつ病」など。 私の人生、ずっと会社にしがみついていました。能力もないし、英語もできない、パソコンも苦手。できないづくしの「窓際社員」の私に、うちの会社は優しいとひしひしと思います。感謝してもしきれません。小さい頃から人間がまともに生きるにはサラリーマンが一番だと思っていました。父である作家の北杜夫は夏は躁病、冬はうつ病ですさまじい生活だったからです。チャプリンのようなユーモアあふれる映画を撮りたいと言って、資金を作るために四つの証券会社で株式を売買し、失敗して破産。両親が別居していたこともあります。私が就職したのは、男女雇用機会均等法が施行される前の1985年です。まだ4年制の大卒女子を採用する会社は少なく、どの企業の面接でも「いつまで勤めますか」と聞かれました。就職しないで家にいる「家事手伝い」という言葉が普通にあった時代です。
サントリーに入社すると広報部に配属されました。職場は騒々しく、残業が終わると焼き肉を食べてビールを飲んでと洗濯機に放り込まれたような生活でした。広報部には15年在籍しました。ずっといたかったのでが、「健康が取りえだから」と健康食品事業部に異動となりました。その後、広告会社に2度出向し、昨年4月からはサントリーで鉄道会社への営業を担当しています。昨今、「自分探し」が流行で、会社を辞めないと自分のやりたいことができないと思う人もいるかもしれません。でも私の周りにはピアニストや映画監督もいて、会社に所属しながら社外で活躍している人がたくさんいます。そういう私も週刊誌で「窓際OL」のコラムの連載をしていましたし、本を出版する社員はたくさんいます。
私の経験からいって、上司と会う人なんて1%もいません。そもそも自分と考えが異なる、合わない上司の下で働くのが会社員です。お給料は、いやな仕事もつらい仕事もするからその「我慢料」だと思います。転職しても同じことで、会社員をしている限り、理不尽で不愉快な上司からは逃れられません。特に女性は転職や起業によるステップアップがまだまだ難しい。それでも転職する人たちを見ると、能力も勇気もあってすごいと思います。心から応援します。
会社員の一番の楽しみは同僚とビールを飲みながら上司の悪口を言うことです。「老婆心」ながら、若い人たちはつらいことがあってもしっかり食べて、上司の悪口を言って乗り切ってほしい。50代になって自分の健康の不安や能力の衰えお知り、親の介護があるときに、会社に守られているありがたさが身にしみる毎日です。(聞き手・諏訪和仁)
「モノ言う労働者」へ好機 常見陽平さん 千葉商科大学専任講師 1974年生まれ。リクルート、バンダイなどを経て独立。2015年から現職。著書に「『就活』と日本社会」など。 新卒社員の約3割が3年で辞める傾向は、1980年代から変わっていません。この原因の一つは、日本の採用が、欧米のような「就職型」ではなく、いまだに独自の「就社型」であることです。企業は採用時に仕事の中身をすべて見せず、入社後の配属先もどこになるかわかりません。そこにあるのは、圧倒的な情報の非対称性です。面接は能力よりも人柄重視で、企業と学生の「空気の共有」に過ぎない。大学で学んだことも、すぐには仕事で役立ちません。つまり、締結後に中身がどんどん書き換えられていく労働契約なのです。入社してみたらブラック企業だったり、会社と会わなかったりした時は、すぐ辞めるべきです。心身の健康が最優先だからです。若い人は住宅ローンや扶養家族などを背負っていないから転職しやすい。若ければ若いほど、求人数も多い。3年で3割が辞めることは、労働市場で適正な調整がおきている結果ともいえます。ただ、少し残念なのは、大企業に入っても「体質が古い」といった理由ですぐ辞めるケースが目立つことです。大企業は研修制度も充実しているし、異動で違う仕事に出会うチャンスもある。社会的な信用度も高い。大企業の面白さを知らずして辞めるのはもったいないです。労働市場における若者の需給は逼迫していますから、とことん会社を利用すべきです。
若者がすぐ辞める一因にはネットの普及があります。ネット上には、卒業後にベンチャー企業を起業して華々しく活躍する若者が頻繁に登場します。入社したものの自分がやっている仕事の意味が見いだせないとき、彼らの活躍を見ると、つい「隣の芝生」が青く見えてしまうのです。最近の人手不足は企業の成長を阻害したり、倒産の原因になったりすると批判されていますが、僕は希望を持っています。これを機に若者が権利を正当に主張する「モノ言う労働者」になれるチャンスだからです。すでに、人材が確保できなくなったブラック企業は、急速にホワイト化が進んでいます。少人数で何かに取り組む中で創意工夫が生まれれば、職場が進化するきっかけになるでしょう。新卒社員がすぐ辞めるのは、大学のキャリア教育の失敗との批判もあります。しかしキャリア教育の目的は、単に企業に就職して長く勤めることなのでしょうか。自分の会社が30年後どうなっているのかなど、だれにもわかりません。若者が働くルールを学び、変化の激しい現代社会を生き抜く力を身につけることこそが大切だと思います。入社3年で前向きに会社を辞める新卒社員が6割くらいになれば、日本の企業社会も大きく変わるかもしれませんよ。(聞き手・日浦統)

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