6月17日 世界遺産「3」

朝日新聞2019年6月12日夕刊9面:なぜ登録が難しくなってきたの? 1092。現時点での世界遺産の数だ。2014年に千件を突破して以来、増加の流れは審査の厳格を誘発し、登録へのハードルを上げ続けた。そもそも、世界遺産は青天井なのか。上限問題はこれまでも議論の俎上にのぼってきた。数が増えれば増えるほど、管理する際に隅々まで目が行き届きにくなる。「適切な保存管理は大丈夫なのか」との懸念が出てくるのは当然だった。そこでユネスコ(国際教育科学文化機関)は、1990年代後半から登録数の抑制を段階的に強めてきた。登録物件の少ない国々が優先され、かつては複数の同時登録もあった日本からの推薦も1年1件になって、暫定リストで推薦を待つ候補は、たったひとつの枠の獲得にしのぎを削ることになった。2020年以降は、審査件数の上限を45件から35件に引き下げることもきまった。ユネスコの抑制方針は諮問機関の審査にも影響を与える。世界遺産の8割近くを占める文化遺産で、委員会に先立ち”当落”を左右するのがイコモス(国際記念物遺跡会議)の評価だ。世界中の建築や考古学などの専門家でつくる国際NGOで、登録にふさわしいかどうかを学術的見地から見定め、「登録」「情報照会」「登録延期」「不登録」の4段階で勧告する。日本では、条約批准の翌年の1993年に姫路城(兵庫県)や法隆寺(奈良県)など、自然遺産も含む計4件が世界遺産リストに仲間入り。その後も推薦すれば、登録勧告から本番の委員会決議へとスムーズな流れが続いた。
異変が起きたのは2007年の石見銀山(島根県)だ。イコモスは世界遺産に必要なOUV(顕著な普遍的価値)が不十分との理由で登録延期を勧告。このときは政府による世界遺産委員会各国への説明努力が実って”逆転登録”に成功したが、翌年の平泉(岩手県)は延期勧告ののち委員会でも同様の決議がなされ、登録実現は3年後の11年に持ち越された。日本は初の挫折を味わった。13年、富士山(山梨・静岡県)と一緒に推薦されていた鎌倉(神奈川県)は、ついに不登録勧告に。17年の沖ノ島(福岡県)は登録勧告だったものの、イコモスは8件の構成資産のうち半数に除外を求めた。それだけに、5月の百舌鳥・古市古墳群(大阪府)が「満願回答」の勧告を得たのは久々の快挙だった。もはや、誰もが一目で納得できる有名物件はほとんで出尽くしたと言える。近年の新規物件は地域性が強い。イコモスも価値判断に苦慮し、推薦国との「対話」に力を入れ始めた。OUVを十分に備えた資産が無尽蔵にあるわけではない。毎年1回の推薦もやがて行き詰るのでは、との声さえある。文化庁の担当者は「OUVが認められるものしか出させないだろう。ペースが維持できなくなれば、候補なしの可能性もありうる」と言う。日本の世界遺産戦略も曲がり角を迎えている。(編集委員・中村俊介)

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