6月16日 耕論 3代目はつらいよ?

朝日新聞2019年6月11日15面:首相や副総理、トヨタ自動車のトップ・・。政財界を見渡せば、政治家や創業家の3代目が目立つ。家運を傾かせるのも、繁栄の道を築くのも、すべては3代目の力量次第だ。 「お坊ちゃん」自覚が力に 桜井博志さん 旭酒造会長 1950年生まれ。76年に旭酒造に入るが、父と対立し退社。父の急逝で84年に継いで社長に。2016年から現職。 日本酒の「獺祭」を山口県の山あいで造っている酒蔵の3代目です。祖父が始めて父親が継ぎ、長男の私は子どものころから「『売り家と唐模様で書く3代目』で、3代目はみんな家をつぶすんだ」とおどかさたものです。ほかの子どものように、野球選手になりたい、科学者になりたいという夢を抱いたこともありましたが、たいして運動も勉強もできんし、酒蔵を継ぐ方がいいなあと。高度成長が過ぎると、日本酒の売れ行きが急激に落ち込むようになりました。大学を出て今の日本盛に入りましたが、継ぐつもりで家に戻りました。ところが、やり方を変えない父親と大げんかして、2年で追い出されてしまいました。墓石や建材の御影石を売っていたら、父親が亡くなって継ぐことになりました。売り上げが減り続けて1億円を切り、いきなり熱湯に放り込まれた感じでした。父親がいないから、紙パックに入れてみたり、地ビールを造ってみたり、レストランを出してみたり。やりたいようにやりましたが、失敗続きでした。まさに絵に描いたような3代目です。
でも、一度追い出されて、今度は目にもの見せてやろうと根拠のないやる気だけはありました。それは、「自分の代ではつぶせない」という立派なもんじゃなく、自分が生き残ることだけでした。社員にも危機感があり、酒造りの専門家の杜氏に任せず、自分たちの手で純米大吟醸を造る道にたどりつきました。落ち込んだ谷が深かったから、それまでのやり方を変えるしかなかったし、変えることができたのです。そのころ、こう考えるようになりました。子どものときから苦労してきた人に比べれば、私は甘っちょろいお坊ちゃんです。お坊ちゃんである自分を認めて、そのままで行こうと思ったら、一気に楽になって、いろんなことができるようになりました。今でも社員に「自分を認めろ」と話しています。周りから、あれができん、これができんと言われても、それはそれで個性なんやから。自分の持っているものでやっていけばいい、大丈夫やからと。3代目にしかできないこともあると思うんです。銀のさじをくわえて生まれてきたような、恵まれた状態で継いだ人でないと生み出せない洗練されたもの、優雅さに裏打ちされた本物とでもいいましょうか。余裕がないとできないことがあるはずです。私も3代目ですが、家業の立て直しで苦しんだため、途中から創業者のような感覚になっています。だから、どこまでいっても貧乏くさく、洗練されたものにならない。弱点なんです。本物の3代目は、私から社長を継いだ息子の次の代になるのかも知れませんね。(聞き手・諏訪和仁)
長期課題に腰据えられる 福田達夫さん 衆議院議員 1967年生まれ。三菱商事社員、国会議員秘書を経て2012年に初当選。17年8月から翌年10月まで防衛政務官。 祖父の福田赳夫、父の康夫の2人が元首相の一家で育った私は、国会議員としては3代目ということになるのでしょうか。永田町に来るまでは自分が国会議員の3代目と意識したことはほとんどありませんでした。子どもの頃、総理大臣をしている祖父に対し、できの悪い孫で申し訳ない、との引け目は感じていましたが。父からも私が社会人になる際に「政治家は継ぐ仕事ではない。継ぐことなんて考えなくていい」と言われました。世襲政治家が増えると、より優れた人が政治家になることを防げるとも思っていました。だから家名を継いだり、体制を残したりするのが主眼だった歴史上の「3代目」とは少し違う気がしています。
歴史をひもとけば、世の中の仕組みや体制というものは100年近く経てば変わることが多い。、3代目の人生はちょうどその変革期と重なります。だから中興の祖か、それとも家を潰すか、という運命を握ることになるのです。日本の政界でいま3代目が目立つのは、こうした時代の流れと世代交代のタイミングがあったからに過ぎません。戦後の日本は復興、高度成長を遂げました。バブル崩壊と冷戦の終結が重なり、失われた20年となる一方、経済のグローバル化は進みました。私が勝者に勤めていた頃は、10年に1度訪れる「商社冬の時代」にあたっていました。環境の変化に適応して事業を再構築した勝者は生き残り、変われなかった商社は再編や倒産に追い込まれました。いまの日本は戦後最大の分岐点にさしかかっています。世界でどんな立ち位置をとり、少子高齢化が進む国内はどんな社会を目指していくのか。政治家は国民と向き合い、厳しいことも含めて語るというような関係の再構築が迫られています。
3代目の国会議員の利点とは、中長期的な政治課題に継続して取り組めることです。福田家では環境、人口、食料はの3テーマが人類全体の課題と言い続けています。父が首相として参加した北海道洞爺湖サミットのメインテーマが環境問題だったのも、祖父から渡されたバトンを受け取って次世代につないだ面があります。専大の体験を参考にもできるのも利点です。祖父の手記などを読むと何となく心情がわかるので、目指すべき政治姿勢を見つめ直せます。父はなりたいと思わなかったのに、首相になった政治家の一人です。辞任会見の「あたとは違うんです」という言葉が有名になりましたが、政治家としての矜持は「自分の役割を歴史の流れの中で見る」ところにありました。父が本領を発揮したのは官房長官時代です。私も裏方が好きなので、歴史の歯車としての役割も果たしていきたいと考えています。(聞き手・日浦統)
格差社会で見る目厳しく 鈴木洋仁さん 東洋大学研究助手 1980年生まれ。東京大学特任助教などを経て現職。専門は歴史社会学。「『ことば』の平成論」が近日発売。 かつて日本社会における3代目への視線は優しいものでした。親子関係で完結する2代目は厳しいけれど、3代目になると、家を守っているというポジティブな印象を持ちやすかったからです。しかし最近は、3代目にも厳しい視線が目立ちます。共感が減った最大の原因は格差社会の拡大にあります。戦後の日本は平等社会で「氏より育ち」が建前だった。個人の成功は出自ではなく、育ち方や本人の努力次第で変わってくるとされていました。
しかし、21世紀になって格差が広がったとの実感が強まっています。国民の多くは「育ちは氏によるものではないか」と疑念を持ち始めています。スタート時点で大きく差が開いており、それが拡大しているのがいまの社会ではないか、と感じているのです。安倍晋三首相や麻生太郎副総理ら政治家だけでなく芸能界やスポーツ界など、最近は様々な分野で3代目が目立ちます。3代目は各階層の再生産の印象で視線が厳しくなるのは当然といえるでしょう。「育ちは氏による」の典型が天皇で、今上天皇は象徴天皇としては3代目になります。国民の視線は厳しくなってもおかしくないはずですが、そうはなっていません。
これは、天皇家が現代社会と同じ悩みや苦しみを抱えているからではないでしょうか。晩婚や高齢出産、適応障害など私たちと同じ「苦しみを共有する存在」に見えるから、同情や共感を呼んでいるのだと思います。血筋が日本社会で重視されるようになったのは、実は近代になってからのことです。江戸時代には「売り家と唐様で書く3代目」という有名な川柳がありました。恵まれた環境で育った3代目は文化や趣味に生きて創業者や2代目の遺産を食いつぶす。家業を続けていくには血にこだわってはいけない、という戒めが込められていました。江戸時代の庶民が「血」を重視しなかったのは、ひとえに万世一系の血筋でつながる天皇家があったからです。「血」の継続は天皇家におまかせし、商家など庶民はより広い意味で「家」を続ける方が大事だと考えていたのでしょう。そんな庶民の間でも明治維新で身分制度がなくなると、「血」を重視する考え方が広まりました。今も「家」と「血」を巡る模索は続いています。創業100年を超えたパナソニックでは6月、松下幸之助氏の3代目にあたる松下正幸副会長がトップに就かないまま取締役から退きます。一方、トヨタ自動車では創業者の孫にあたる豊田章男氏が社長として陣頭指揮をとっています。現代の3代目は、「家」と「血」のあり方を占うリトマス紙といえそうです。(聞き手・日浦統)

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