6月16日 世界遺産「2」

朝日新聞2019年6月11日夕刊7面:建造物の復元どこまで許されるの? ショッキングなニュースが飛び込んできた。日本時間の4月16日未明、パリのノートルダム大聖堂が燃えてしまったのだ。炎に包まれた尖塔が崩れ落ちる映像が、世界を駆け巡った。花の都にそびえる壮麗なゴシック様式の雄姿は、もちろん世界遺産。多くの旅人が足を運ぶ観光地であり、パリっ子の誇りだ。古今、焼失した歴史遺産は数知れない。たとえば、英王室のウィンザー城は1992年に失火で、朝鮮王朝時代に建てられたソウルの南大門は2008年に放火で燃えた。どれも街のシンボルだから、すぐ再建計画が動き出す。ただ、復元の方針をめぐって、議論が持ち上がることも少なくない。南大門では手抜き工事疑惑が発覚し、批判を浴びた。ノートルダム大聖堂ではフランス政府が広くデザインを募ることを表明した。
ガラスの尖塔や屋上庭園など奇抜な案も出ているようだが、あくまで元通りの外観を求める意見も根強い。歴史的建造物の修理や債券はどうあるべきか。その柱がベネチア憲章だ。1964年に建築家らの国際会議で決まり、建築当時の素材や技術を尊重し、憶測に基づく復元を禁じた。世界遺産に欠かせないオーセンティシティー(真正性)を支える理念となり、憲章に基づき、ユネスコの諮問機関、国際記念物遺跡会議(イコモス)も生まれた。一方で、オリジナル至上主義は硬直を生み、教会や宮殿など半永久的な石造物が密集する欧州への、世界文化遺産の地理的偏重を促した。これに対し、朽ちやすい木や土、日干しれんがなどが多いアジアやアフリカは目立たない。ベネチア憲章に照らせば、これらの素材は劣化しやすく、オリジナルが消えてしまうので再建は難しい。
ところが、94年に画期的な見解が登場した。奈良での真正性をめぐる国際会議で、修理や再建にあたって、固有の文化や歴史背景、自然条件などに即して考慮するべきことが決まった。通称「奈良ドキュメント」と呼ばれるもので、木造や土の建造物の修理も柔軟に対応でき、世界遺産の多様化につながった。それでも議論は尽きない。パリのルーブル美術館で異彩を放つガラスのピラミッド。過去と現代が共存するミスマッチに眉をひそめる人がいる一方で、歴史的建造物もまた長い年月のなかで修理を繰り返しながら少しずつ姿を変えるのだから、斬新なデザインも建物の歴史の一部だと許容する声がある。ベネチア憲章は修理の事実を後世に分かるように求めているので、ノートルダム大聖堂でもむしろガラスの塔の方がわかりやすいとの意見もある。戦争で破壊され、資料をもとに再建したワルシャワの町は純粋な復元といえるのか。イスラム原理主義勢力に爆破されたアフガニスタンのバーミヤンの大仏をめぐっては再建か否かで意見が割れる。ノートルダム大聖堂再建の行方は、今後の歴史的建造物復元の在り方を占う試金石となる。(編集委員・中村俊介)

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