6月15日 未来からの挑戦「9」

朝日新聞2019年6月9日4面:政策作りAIに任せられるか 政策づくりに人工知能(AI)を使おう、という自治体が現れた。政治の世界でも、AIを駆使して民意をすくい取れないかと模索が始まる。技術の力を使い、公正でしがらみのない社会をつくり出そうとする試みは、有効なのか。いまも長寿を誇っている長野県だが、全国と同じく少子化に歯止めがかからず、人口減に直面する。2040年までを見すえ、地域の課題をAIで解決しようとする試みが始まったのは、約1年前だった。昨年3月につくった県の総合5ヵ年計画から「人口」「魅力ある子育て環境」「豊かな自然」など283個のキーワードを抜き出し、それらがどう結びつくかの因果関係モデルを県職員がつくった。キーワード間の結びつきの強さや時間のずれを数値化した。AIはモデルを使って計算し、2万通りの未来シナリオをはじき出す。最終的には人の目で価値判断を加え、六つに集約した。観光に力を入れつつ地域交通を整備するー。AIが導き出した最善のシナリオだ。「最善」とそれ以外の五つのシナリオの分岐点は約10年後に訪れるとも予測。それまでに手を打てば、40年の産業所得は今よりも上がり、住民は健康な生活を送ることができる。人口減少も最小限にとどめられ、長野は持続可能な社会への軌道に入れると結論づけた。プロジェクトは阿部守一知事の強い意向で進められた。全国の自治体で、AIを利用した政策研究の成果を取りまとめたのは初めてという。きっかけは、京都大の広井良典教授(公共政策)の日立製作所が2年前、AIを使って50年の日本の姿を見すえた政策提言をしたことだ。人が処理できる情報量は限られる上、過去の成功や失敗の体験にどうしても引っ張られてしまう。誰も経験したことがない急速な人口減時代は「人間の思考の枠組みから解放される必要がある」と阿部知事は感じている。
ただ、AIの予測をそのまま受け入れることはしないという。AIにどのデータを読み込ませ、、因果関係の軽重をどうつけるかによって大きく変わり得るからだ。長野県の未来予測では人を積極的に関与させた。「AIではなく、我々が民主的なプロセスで意思決定する」(阿部知事)ことにこだわったからでもある。課題も浮かび上がった。将来の借金が膨らみかねない県財政をどう見るのかなど、データが少ないことで政策に具体性を持たせ切れなかった、と県は判断。引き続き研究を勧め、予測精度を高めることにした。これでも、阿部知事は4月の記者会見で「AIを活用した政策決定には大きな可能性がある」と期待を表明した。同席した広井教授も「根拠に基づいた政策形成は今後進んでいく。AIの利用は一つの潮流になる」と話した。実際、政策づくりにAIを使おうという動きは岡山県真庭市や岐阜県大垣市でも進んでいる。
保育所の入所選考では効果 限られた範囲ながら行政の決定にAIが関与する例が生まれている。毎年秋から冬にかけて、特に大都市では多くの父母が気もそぞろになる。わが子の保育所は、通勤と両立できるところになるだろうか。それ以前に「待機児童」になってしまったら・・。自治体にとっても、保育所の入所選考は頭が痛い。場所や保育時間など、親側はさまざまな希望を持っている。保育の必要性の強弱も判断しないといけない。時間と人的資源が多く費やされてきた。さいたま市は、来年4月の保育所の入所選考からAIを導入することにした。30人ほどの職員が延べ1500時間かけ、成人の日を含む1月の3連休をつぶして当たっていた作業が、17年度の実証実験ではわずか数秒で終わった。AIの導入で、職員の休日出勤手当も削減できる見込みだ。
さいたま市に技術を提供した富士通によると、高松市や滋賀県草津市、広島県尾道市がすでに今年4月の入所分から採用。今後は20~30の自治体が導入を予定しているという。自治体は財政難や少子高齢化で職員の削減を迫られている。AIは行政の効率化につながる「強力な武器」になる。総務省が今年5月にとりまとめた調査によると、都道府県の約36%、政令都市の約60%、その他の市区町村の約4%がAIを導入している(実証実験を含む)。都道府県では、AIを使った音声認識で会議の議事録をつくる例が多く、市区町村では住民からの問い合わせなどでAIに自動応答させるところがめだつ。同省行政経営支援室は業務の効率化では効果が出始めているが、AI活用はまだ初歩段階」と話す。
「重要なのは有権者の納得」 AIを使う動きがあるのは行政だけではない。統一地方選後半戦に行われた東京都多摩市議選に向け、4月に開かれた立候補会見に「政治ロボット」が登場。電子音で呼びかけた。「AIを駆使して政策立案を行うことが市民のためだと考えました」IT会社経営の松田道人さん(45)は、地域政党「人口知能が日本を変える党(AI党)」を立ち上げ、市議選に立候補者1人を擁立した。訴えたのは政策の中身ではなく、その決め方だ。過去の市議会の議事録や市の予算、SNSの投稿などをデータベース化し、AIで分析。地域の課題に優先順位をつけて予算配分をすることなどで利益誘導を防ぎ、「しがらみのない政治」が実現できると主張した。しかし支持は広がらず、32人中31位で落選した。松田さんはそれでも信念がある。「政治は技術の進歩に取り残された最後の世界。計算士のない政策は立てるべきではない」 国政政党や、議員のなり手不足に悩む地方議会などでも、AIの活用を求める声がある。しかし、水谷瑛嗣郎・関西大准教授は「今の停滞した政治状況を打破するためにテクノロジーを使いたいという気持ちは分かる」と理解を示しつつ、慎重に進めるべきだとの立場だ。AIには、なぜそう判断したかの過程が見えない「ブラックボックス」問題が拭えない。システム開発会社がつくるAIの設計式が適切なのか、検証することも必要だと水谷准教授は考える。「民主主義は、失敗したときになぜかを説明できるプロセスそのもの。AIは効率的かもしれないが、重要なのは有権者を納得させられるかどうかだ」政治や行政の世界におけるAIの登場は、民主主義の過程である「熟議」や「説明責任」を果たすことの意味を、人間に問い直している。
(大津智義、渡辺淳基)

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