6月14日 耕論 ダブル選挙の誘惑

朝日新聞2019年6月8日13面:参院選を前に、衆院を解散する衆参ダブル選挙の可能性がささやかれている。政治家がダブル選を目指す理由とは。メディアの報道はなぜ過熱するのか。ダブルの誘惑をいま考える。 解散権の行使は「蜜の味」 亀井静香さん 元自民党政調会長 元建設相 1936年生まれ。79年から2017年まで衆院議員を13期務める。現在は再生エネルギーなどの企業を経営する。
解散権を行使することは、政治家にとって本能的な欲求に根ざすものでしょう。政治を志した者ならば誰もが総理を目指し、自らの手で民意を問いたい、と思うはずです。そう、権力者にとって、一瞬ですべての衆院議員をクビにしてしまう解散は蜜の味です。ただ、その甘い蜜には、毒が入っているかもしれない。それも味わったら最後、自分が死んでしまうかもしれない猛毒です。返す刀で自分たちが負けてしまうかもしれないからです。それは解散をしてみないと分からない。だからあらゆる権力者が全身全霊でそのタイミングを真剣にはかってきたのです。「伝家の宝刀」を抜く立場にはなれませんでしたが、13回連続して当選できたのは、地元の人々のおかげです。ダブル選も2度経験しました。衆参同日選挙だと組織がどう連動するとかしないとか、いろいろと議論をする人がいますが、基本は衆院議員の選挙に、参院議員の選挙が乗っかかってくる格好です。2005年の小泉純一郎首相によるメチャクチャな「郵政解散」では、自民党を離党しました。無所属の「刺客」として、堀江貴文さんが送り込まれてきましたが、地元の人びとが私を勝たせてくれました。本当に幸せでした。選挙で本当に頼りになるのは、市町村長や地方議員ではなく、本当に土に根を張った市井の人びとでした。どんな解散で選挙になっても、大事なのは、組織ではなく、一人一人の支持者なんです。4年間、衆院議員が落ち着いて仕事に打ち込めるように、解散権をしばるべきだといった意見には反対です。何も良いことにつながらない。あくまで首相の専権事項で、伝家の宝刀であり続けるべきです。 日本の戦後民主主義は、いつ解散があるか分からないという、その緊張感が政治を左右する大事な要素となってきました。政治家だけでなく、国民もマスコミもみんな一緒になって気にしてきたことは間違いない。もしも解散がなければ、衆院議員はダレでしまって、日本の政治から緊張感も活力も失われてしまうでしょう。いまの政治の問題点は、安倍晋三首相に対して、「オレが総理をやる」という迫力をもった人物はいないことです。小選挙区が中心の選挙制度になってしまって、政治家がサラリーマンのようになってしまった。私のように行儀の悪い人間は、選挙にも出れないでしょう。政治は権力闘争です。そして一寸先は闇です。結党以来初めて下野した自民党の我々は、長年の宿敵だった当時の社会党委員長を担いで、村山富市内閣をつくった。派閥も与野党の垣根も超えて、権力を奪おうという迫力が必要なんです。(聞き手・池田伸壷)
お祭り化の行き着く果て 角谷浩一さん ジャーナリスト 1961年生まれ。新聞、雑誌、テレビで政治取材に携わる。ネット番組ラジオのコメンテーターも務める。 永田町では参院選のたびに「今度こそダブル選では」という話が出ます。政治の側の駆け引きもありますが、メディアの側にもダブル選を期待する心理があると思います。最後のダブル選は33年前ですから、今の現場の記者は誰も経験していな。最大の選挙であるダブル選を取材してみたい、他社より早く正確な当打ちができるか試してみたいというのがあるんじゃないですか。政治の側がメディアの心理をつかんで、繰っている部分もあります。ちらつかせるだけで「解散風が永田町に吹いている」という原稿が一斉に出る。官邸幹部が「あなたたちもダブル選を経験してみたいんじゃないの」と水を向けてくることさえあります。
以前なら、官房長官や幹事長の発言をただ報じるだけではなく、その背後にある意図を読み解こうとしたから、各社で解釈が分かれました。今は、政権幹部がダブル選をほのめかせば、どのメディアも一方向になびいてしまう。そうなったのは、やはり小泉政権からでしょうね。官邸のメディアが非常に巧妙になった。昔の自民党は「与党なのだから批判されるのはしょうがない」という文化があったんですが、「批判するところは情報を出さない」に変わった。小泉政権では、選挙のイベント化も進みました。2005年の郵政選挙では「抵抗勢力」に「刺客」を送り込んで対決させました。極めてわかりやすいゲームにしたから、メディアも飛びついた。そうやって選挙をお祭りにしてきた果てに、行き着く最大のイベントがダブル選なんでしょう。
ただ、政権にとって、ダブル制覇簡単にはできません。自民党は過去2回のダブル選で大勝しましたが、衆院が中選挙区制の時代です。衆院が小選挙区制になってからは一度もない。結果が読めないから慎重にならざるをえない。むしろ前のめりになりやすいのはメディアです。今回も、「衆参同日選を行うべきかどうか」という世論調査が行われていますが、本来なら有権者にそういう質問をするのがおかしい。今の政権の姿勢をめぐって「解散して信を問うべきかどうか」と聞くならわかりますが、政治の駆け引きしかないダブル選の是非を問うて、有権者をあおるべきではないと思います。「解散風」は、政権が自分の都合で吹かせることがほとんどです。でも、小さな風を、一生懸命うちわであおいで大きくしているはメディアです。自分たちで大きくしておいて、「ダブル選の機運が高まっている」と報じる。もしダブル選になるとすれば、政権の都合とメディアの都合が一致するからです。そこに国民の声はありません。(聞き手 シニアエディター・尾沢智史)
有権者は娯楽にするしか 立川談四楼さん 落語家 1951年生まれ。70年に立川談志に入門。83年に真打ちに。著書に「談志が死んだ」「そんなことでだ、若旦那!」など。 永田町で解散風が吹いているらしいじゃないですか。安倍さんのやりそうなことだけど、心ある有権者は望んでないでしょうね。アベノミクスの失敗、人を安く使う働き方改革、北方領土帰ってこない、日朝首脳会談は開かれないー。あちこちほころびが出て、「傷口が広がる前にやっちまおう。今なら勝てる」とでも思ったのか。政権を延命して憲法改正をって、「なりふり構わぬ延命解散」だね。今、野党はバラバラ。立憲民主も発足時の勢いはどこへやら。でも選挙は的が弱ったところへ乗じるもんなのかい? まるで落語だね。強きを助け弱きをくじく。「楽じゃん、その方が」ってね。本当の落語ではそんな時、ご隠居さんが「それはいけないよ、人として間違っている」といさめます。昔の自民党にはそんないさめ役もいましたが、今は誰も何も言いやしない。本来4年に1度の総選挙が前倒しになると、どれだけ選挙費用が膨らむか。季節外れのダブル選挙や米国の戦闘機の爆買いより、税金を使うべきところがほかにあるでしょう。まずは少子化。「3人産んで」と言う前に、環境を作れと言いたい。人手不足に高齢化、消費増税の大混乱もあるし、政策課題は山積だ。なのにダブル選とは、国民の生活はどうでもいいのかね。
「令和」の発表以来、政権のやり方がどうも鼻につきますね。渋沢栄一の新紙幣に、年金支給先送りを忍ばせた「人生100年時代」。お次はダブル選、東京五輪だ。安倍さんは新時代が来るよと国民を暗示にかけようとしているようだけど、あなたがいる限り変わらないから! 言いたい放題? いいんだよ、権力者には何言ったて。憲法と同じで、権力者を縛るのは私たち国民なんだ。落語には、ダメ人間だけど憎めないやつらが多く出てきます。桜田前五輪担当大臣なんか落語の登場人物そのもの。本音を言ってボロを出す。籠池さんもそう。蜜月を反故のされ反撃に転じる。安倍さんみたいな人はいないねぇ。あえて例えるなら「目黒のさんま」の殿様だけど、あの殿様は愛敬はあるし、少なくともうそはつかない。
ダブル選になれば有権者は娯楽にするしかない。当日は乾きもんから刺し身までつまみを充実させ、一杯やりながら選挙速報を見る。そうでもしなけりゃやってらんない。私は師匠・談志の選挙を手伝ってから、選挙好きになりまして。選挙は祭りと一緒で、参加しなけけりゃ迷惑なだけだが、誰かを担げばめちゃくちゃ楽しい。一票の重みに翻弄されるのが醍醐味だね。メディアは当確を早く出し過ぎだ。私の楽しみを奪うな、と言いたいね。(聞き手・藤田さつき)

 

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