6月1日 AIが奪う雇用どう支える

朝日新聞2019年5月26日4面:人口知能(AI)が雇用を奪う、との心配が広がる。テクノロジーが脅威になるとき「公的な支え」が必要にならないのか。個人はどう備えればいいのだおるか。(牛尾梓=ハミルトン、編集委員・堀篭俊材) 白い煙をはき出す製鉄所の煙突群が見える。五大湖のひとつ、オンタリオ湖沿いに広がるカナダ・ハミルトン。低所得者が多い労働者の街で、元銀行員のジェームズ・コルーラさん(29)は途方に暮れている。「お金をどう工面しようか。そればかり考えている」 ハミルトンがあるオンタリオ州政府は2017年7月、仕事の有無にかかわらず低所得者に一定額のお金を支給する最低所得保障制度「ベーシックインカム(BI)」の実験を開始。コルーラさんは月約900カナダ㌦(約7万3千円)を受けていたが、これが3月、突然打ち切られた。大学を出て5年間、地元の銀行に勤め、個人客を相手にする店舗の窓口で働いだが、訪れる客は年々減っていった。現金自動出入機(ATM)などの機械化が進んだだけでなく、ネットバンキングも当たり前の存在になり「30年後の銀行の姿を想像できなくなった」。昨年1月に銀行を辞め、BIの実験に参加した。州が3年間の計画でBIの実験を始めたのは、貧困対策として最低所得を保障することに加え、支給された人の精神状態や将来への不安がどう変化するかを把握するためだった。年約5千カナダ㌦(約40億円)の予算を見込んでいた。
コルーラさんはセラピストなどのバイトをしながら大学で学び直し、ボランティアで壁に絵を描く日々が続いた。「人間だからこそ、できることがある。芸術や人の心に触れ、癒しを与えることに重きを置いて生きたい」しかし昨年6月の選挙を受けて、州首相がリベラル派から保守派へと交代すると、「お金がかかりすぎる」と実験の中止を表明。開始からわずか1年9カ月でBIは終結した。コルーラさんの生活は一転した。まずは家賃の安い部屋を探さないといけない。「これからの生活を考えると、恐怖心しかない」コルーラさんは近い将来、AIが人間の仕事に取って代わる時代が来ると思う。「それを怖がるのではなく、人生を楽しむきっかけと考えるにはBIが必要になる。お疲れ様です。オンタリオの実験結果は、日本や世界中に生かせるはずだったのに」
ベーシックインカム財源難 AI時代になぜBIが必要かー。5月16日夜、東京都内であった近未来の社会システムを考えるイベントで、駒澤大学の井上智洋准教授が講演した。「AI時代には生活保護だけでは不十分。幅広く生活を保障する制度が必要になる」18世紀の産業革命以降、技術革新は肉体労働を中心に雇用を奪ってきたが、AIの登場は知的労働者を脅かす、と井上准教授は考える。「工場などでAIやロボットが生産するようになれば、多くの人手は必要となれなくなる。雇用は破壊され、所得格差が広がる」
低成長が続き格差が拡大する先進国を中心に、BIへの注目が高まっているのは確かだ。右派と市民政党の連立政権が誕生したイタリアでは今年1月、ポピュリズムの台頭を背景にBIが貧困層に限って導入された。フランスやインドは20年の法制化をめざす。しかし、誰にでも最低所得を保障するBIは人々の労働意欲をそがないのか。フィンランドで昨年末まで失業者2千人を対象に行った実証実験では、BIを受けた失業者と受けなかった失業者で労働意欲に差はなかった一方で、健康状態が「とても良い」「良い」と答えた人は、BIを受けていた方が9㌽多かったという。それでも、同国社会保険省は本格導入を見送った。BIという「バラマキ」策が財政を悪化させる懸念もつきまとう。日本でBIが導入されるとしたら、最大の壁はやはり財源問題だ。三菱総合研究所が昨年4月、国内の会社員ら3千人を対象にしたアンケートによると、BI導入について24%が「必要」とし、月に平均「10万円」の支給が必要と答えた。一方、「不要」は28%だった。三菱総研によると、18歳以上に月に10万円、17歳以下に半額を給付した場合、約130兆円の財源が必要。消費税を現在の8%から49%に上げないと捻出できない。アンケートでも、負担を明示するとBIが「必要」との回答は12%に減った。三菱総研の森重彰浩シニアエコノミストは「負担増に抵抗を感じる人は多く、日本でのBI導入は現実的とは言えない」と指摘する。
自動化の波「個人の備え必要」 東京都目黒区の商店街の一角に、今年1月オープンした三菱UFJ銀行の新型店舗は、近未来の銀行の一つの姿を予感させる。スリム化された店頭にはカウンター窓口がない。ネットバンキングの口座開設などは来店客が自分でタブレット端末を操作。税金や公共料金などは自動受付機で支払う。AIを使って店内に10代以上設置したカメラの情報から性別、年齢などを分析し、マーケテイングに役立てる。長引く低金利で厳しい収益が続くメガバンクは、業務量や人員の削減を迫られている。三菱UFJは23年度までに、現在の約500店のうち従来の窓口がある店舗を約半分にする計画だ。30年ごろ、日本の労働人口の49%が自動化される可能性があるー。野村総合研究所と英オックスフォード大が4年前に出した報告書は、銀行の窓口係と並び、経理事務員などがAIやロボットに取って代わられやすいと予想した。やがてAIに自分の仕事が奪われてしまうー。千葉県にある東レの工場で、経理の仕事をしていた鈴木隼人さん(27)が不安に感じ始めたのは、入社3年目の17年初めのころだった。
工場の決算をまとめるための原価計算や在庫の仕分けは会計ソフトで自動化されていた。鈴木さんは埼玉の高校を出た後、一般職で入社した。昼休みや飲み会などで同僚と集まると、将来への不安が自然と口をついた。17年夏に会社を辞めた鈴木さんは、もともと夢だった会計士の国家試験に挑戦することにした。会計士の1次試験に受かった直後に妻の妊娠がわかった。バイトの後の勉強はつらかったが、「生まれてくる子どもはどうなる」。自分に言い聞かせ、18年夏の2次試験に合格した。今は都内の会計士予備校で講師を務める。目まぐるしく技術革新が進む時代には個人としての備えが必要になる、と鈴木さんは言う。「一つのスキルに固執すると、自分の職がなくなるかもしれない。学び直しはとても大切だと思う」

 

 

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