5月8日 あいまいさを大事に

朝日新聞5月9日29面:明日も喋ろう 言葉、届いていますか あいまいさが、大事。
それが、1500人の命をホスピスで看取ってきた内科医の、実感だった。 だから今の言論状況は危ないと、徳永進さん(68)=鳥取市=は感じる。 何が正しいかを一方的に決める権力も、一つの正義に固執する集団も。
たとえば、自民党の憲法草案。「家族は、互いに助け合わなければならない」とある。 そうでろうか。
身勝手で家族泣かせの男が危篤に陥り、ホスピスに担ぎ込まれた。 家族は嫌な思いを忘れ、「生きて」と体をさすった。が、男が持ち直し暴言を吐くと、「死ねばよかったのに」と悪態が口をつく。臨終間際、また変わる。「生きて、もう少しだけ」と。
家族は男を愛したのか、憎んだのか。揺らぐ言葉を「変節」と非難できるか。
そんな姿を見つめてきた徳永さんは、「家族は親しい他人」と理解した方が、受け止めやすいと考える。なのに、最高法規で「助け合う家族」を押しつければ、逆に社会にあつれきを生みかねないと思う。
1960年代末、京大医学部にいた。「機動隊に殴られたら痛いから」とデモの誘いに尻込みする学生だった。「革命なんだ。自分たちの志は正しい」と言う同級生らの運動はその後、内ゲバを経て失速する。
「『正しい』言葉に圧死した」と感じている。臨床の現場に、絶対的な「正しさ」はない。 たとえば、がんの告知。
研修医時代、「しない」のが正しいと教わったが、その後、欧米流の「する」が当然になった。だが、患者の疑心暗鬼を招いたり、生きる気力を奪ったり。どちらも失敗した。
悩んでいたころ、山陰海岸の民宿のある女将が、腸閉塞を起こして運ばれてきた。進行性胃がんを、関西の病院で手術したばかり。医師は告知していないのに、既にがんを知っていた。聞けば、前の手術後、病院の談話室で夫とこんな短い会話をしたという。
妻「いけなんだか?」 夫「たんぽぽのお茶、飲んどったのになあ」 妻「ほんとかあ」
医師が「告げる」のでも、家族が「伝える」のでもなく、何となく「伝わる」。「日本人の、はっきりさせない部分も何か味があるなあ」と気づいた。
今は、知らないふり、漠然とした態度で看取りたいと望む家族に、「やりましょう」と応じている。
絶対を疑い、あいまいさを大事にする。主義より、生活感ある言葉を生かす。「案外、それがちゃんと、大切なことが『伝わる』秘訣かもしれません」(阿久沢悦子)
😐 紙面を読んで、深い話だと感じました。もし自分がその場に直面したら、言うもの、言われるのも、正直迷います。

 

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