5月7日 今さら聞けない 覚醒剤

朝日新聞5月7日be5面:脳の報酬系に作用、強い依存  有名人の逮捕や密輸品の押収など覚醒剤に絡んだニュースが後を絶ちません。国内では検挙者が最も多く乱用薬物の代表格と呼ばれています。なぜ、薬物依存を断ち切れないないのでしょうか。
■覚醒剤は脳の中枢神経を刺激して興奮させる薬。疲れや眠気が消え、頭がさえた状態になります。欲求が満たされたときに快感を生じる「報酬系」という神経に作用します。
例えばテストで高得点を取ると脳内には神経伝達物質のドーパミンが放出され、「やった。また頑張ろう」という快感が得られます。いわば、ご褒美です。ところが覚醒剤が脳内に入ると、ドーパミンが大量に放出され、何も努力せずに快感が得られてしまいます。薬の効果が切れると、脱力感や疲労感に襲われます。
覚醒剤の恐ろしさについて、鈴木勉・星薬科大学名誉教授(精神薬理学)は「最初は満足感や幸福感を得られるが、期待した効果に耐性ができ、繰り返し使っていると使用量が増えていく」と説明します。
覚醒剤によって脳の神経細胞はダメージを受けます。慢性的に使うと、不安、幻覚、被害妄想など精神病の症状が出てきます。中止してもストレスなどをきっかけに再び幻覚や妄想が現れる「フラッシュバック」が出ることもあります。依存性が強く、一度、手を出すと、やめるのは難しいのです。
覚醒剤のうち最も乱用の多いメタンフェタミンは、日本の長井長義博士が漢方薬の抽出物から1888年ごろ合成しました。植物から抽出される大麻やモルヒネなどと違い、人工合成です。現在ほとんど使われていませんが、難治性のうつ病の治療薬でもあります。
第2次世界大戦中の雑誌を開くと、覚醒剤「ヒロポン」の広告が頻繁に出てきます。メタンフェタミンを商品化した一般医薬品です。かつては薬局で買えた時代があったのです。宣伝文句の「最新除倦覚醒剤」は覚醒剤の語源になりました。戦闘機のパイロットや軍需工場の作業員に疲労回復や眠気覚ましとして配布されていました。
■覚醒剤が問題化したのは戦後の混乱期(第一次乱用期)です。軍部保有の覚醒剤が放出され、国内で密造が増えて広く流行しました。1951年に覚醒剤取締法が制定。54年にはピークとなる5万5千人が検挙されました。医療・研究以外は取り扱いが禁止され、罰則強化で終息しました。
70年~90年ごろの第2次乱用期は、暴力団の資金源として台湾などから密輸・密売され、その後、いったん検挙者が減少しましたが、90年代に入ると、外国人による密売組織や街頭や携帯電話を利用した密売が増加。厚生労働省の資料によると、最近は毎年1万1千~1万2千人が検挙され、横ばい状態の第3次乱用期が続いています。
依存から抜け出る難しさは64.5%(2014年)という再犯率に表れています。一方、埼玉県立精神医療センターの和田清・依存症治療研究部長によると、患者の平均年齢は40代前半で、ピークの頃よりも上がっているそうです。
「30代かそれ以前に始めた、かつての若者が覚醒剤を止めれなくなっている」
和田さんによると、慢性中毒による幻覚などは周囲の人が気付き、治療薬で消すことも可能ですが、覚醒剤を渇望する薬物依存の特効薬はありません。依存の治療では、グループで経験を話しあい、勉強しながら薬物を使わない日数を伸ばしていく認知行動療法を受けます。国内では病気として認知されにくく、治療を受けられる施設も限られています。治療や社会復帰を後押しする仕組みづくりも大切です。
【記者のひとこと】「覚醒剤やめますか。それとも人間やめますか」。1980年代に流れたテレビCMのキャッチコピーが、強く印象に残っています。薬の恐ろしさを訴えることはもちろんですが、取材を通じて、どうやって薬物依存から抜け出そうとする人たちを支援していくのかも大きな問題だと感じました。(西川迅)
😐 今から70年以上も前の戦争時代は、ヒロポンなどの名前で普及され、仕事の効率を上げるために使われたと思いますが、これだけ時代と共に罰則なども考えると、覚醒剤の数字を管理するのは「厚生労働省」でいいのでしょうか? 詳しくないので私の考えに誤りがあるかもしれません。

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