5月30日 就職氷河期の不運 挽回できぬまま 

朝日新聞2019年5月26日1面:不安定雇用 社会全体のリスク 「つなぎ」のつもりだった。気づくと18年がたっていた。東京近郊に住む41歳の男性が国立大学を卒業したのは2001年、大卒の就職率が6割を切っていた頃だった。志望職種を決められないまま就職活動をしたため、3.4社しか受けず、当然のように全敗した。卒業後、小売業でアルバイトを始めた。電子機器の販売を担当し、当初は時給900円、手取りで月15万円だった。繁盛期は残業で25万円を超すこともあったが、今は18万円に届けばいい方だ。しだいに年下の正社員が増え、経験者として提案しても煙たがられるようになった。自分の得意な仕事も認められるず、低賃金よりも仕事を評価してもらえないことがつらい。転職活動もしたが、履歴書にはアルバイトとしか書けない。採用面接では「なぜ新卒で就職しなかったのか」と問われる。今も70代の親と実家で同居し、髪には白髪が目立ち始めた。「40歳というラインを過ぎ、人生の半分近く、何もしてこなかったと評価されているようです。将来、不安しかありません」 彼のような経験は、同世代の中で極端なものではない。社会の中軸としての働きが期待される30代後半から40代で、派遣や契約社員などの不安定雇用を続ける人たちが増えている。さらに正社員を含めても、賃金、幸福度など多くの指標で他世代を下回るという調査がある。就職氷河期に社会に出た不運を、その後も挽回できていないからだ。12年前の本紙連載「ロストジェネレーション」では、この世代の困難を社会全体で受け止める必要があると指摘した。だが有効な手は打たれず、ロスジェネは中年となった。安倍政権の経済財政諮問会議で4月、この世代を「人生再設計第一世代」と呼び、再教育や能力開発などの支援策を採るべきだいう提案がされた。皮肉にもこの命名がこれまでの無策を裏付ける。人生を再び設計し直さなければならない世代だというのだから。
政権が危機感を抱くのは将来の巨大な負のインパクトを恐れているからだろう。この世代が不安定なままでは、年金未払いや低貯蓄によって老後の貧困予備軍となり、社会保障予算を圧迫する。今まで放置されてきたロスジェネからは、もう手遅れだという悲鳴も漏れる。40代にして貧困に落ち込み、立ち直りのきっかけをつかめない人も現れ始めた。埼玉県に住む小原秀之さん(45)は。パチンコ店勤務などをへて32歳の頃から派遣社員として働き、リーマン・ショック翌年の09年に雇い止めされた。ネットカフェに寝泊まりして職を探し続けたが見つからず、無理を重ねて糖尿病と白内障を患った。早く医者にかかれば防げたかもしれないが、経済的にも時間的にも余裕はなかった。「これまで働いて税金も払ってきた。お金がなくなったら『はい、死んで下さい』じゃ納得できません」生活保護で暮らしながら、今の自分でも働ける仕事を探している。(角拓哉、 編集委員・真鍋弘樹)
同日2面:非正規を転々「国策の犠牲者」 政府に支援の動きも「簡単ではない」 派遣社員など不安定な働き方を続けると、どうなるのか。いま生活保護を受けている小原秀之さん(45)は身をもって知った。20代でパチンコ店に勤めて主任になったが、店長と折り合いが悪く、11年働いて退職した。派遣社員として太陽光発電パネルの工場で働き、半年でグループリーダーになったものの、リーマン・ショックで2009年に派遣切りされた。パチンコ店、バイク便、居酒屋など20社ほどにあたったが、全て落ちた。ネットカフェに寝泊まりし、就活のための交通費や食費などで月10万円が消えた。
焦りから1日1.2時間しか眠れない。その後は、月400時間以上働かされるブラック職場、コンビニの深夜バイト、観光ホテルの住み込みバイトなどを転々とし、身も心もぼろぼろになった。今年3月に身を寄せたのが、さいたま市のNPOが運営するシェルターだった。受け入れた「ほっとプラス」代表理事の藤田孝典さん(36)は言う。「新卒で就職できずに非正規を転々として貧困に陥れば、そこから抜け出す選択肢は少ない。学び直しや職業訓練など、人生をやり直す制度も弱い。就職氷河期世代は、セーフティーネットを整備しないまま雇用を流動化させた国策の犠牲者です」ロスジェネ世代が落ち込んだわなの一つが非正規雇用の拡大だ。この世代が社会に出たタイミングで、専門職に限られていた派遣労働の対象が広げられた。不況時には正社員の雇用維持が優先され、ロスジェネ世代の正規雇用の入り口は絞り込まれた。その分断は20年たっても埋まっていない。総務所の労働力調査によると、雇用率は08年当時の25~34歳で25.6%だったが、同世代の10年後にあたる18年の35~44歳は28.8%と悪化した。今の25~34歳が改善傾向にあるのと比べ、就職市場が好転した恩恵を受けていない。新卒一括採用、年功序列、終身雇用という労使慣行の下で、新卒時の不遇を挽回することが難しいことを示している。
正規社員でも苦難 非正規労働を脱しても、安心できるとは限らない。正社員としてコンビニに勤める清水文美さん(39)はそれを痛感している。東京都立高校を卒業した約20年前、実家住まいでフリーターになった。「当時流行していた『自分探し』も悪くないと考えて」 ガソリンスタンド店員や派遣を続けて、非正規の過酷さを思い知る。引きこもりをへて、ハローワークで見つけたのがコンビニチェーンの正社員だった。入社から9カ月後に店長の辞令を受けた。残業は月150時間を超えたが、「管理職」を名目に残業代はゼロ。複数の店を統括する上司が倒れ、休日も出勤した。給与を時給で計算したら742円となり、アルバイトよりも安かった。正社員になって1年、「いらっしやいませ」の一言すら出なくなり、一日中、吐き気がした。精神科でうつ病と診断された。労働組合に相談し、会社を訴えたが、今も体調は万全ではない。「僕たちの世代は予想していなかった落とし穴に落ち、景気回復後、何ごともなかったかのように忘れ去られた」
「損をしている」 社会に出た年のわずかな違いが、その後の人生に回復しがたい格差をもたらす。それは統計でも明らかになっている。厚生労働省の賃金構造基本統計調査で10年と15年の給与額を比較すると、大学・大学院卒の35~39歳、40~44歳で大きく減少していた。ロスジェネ世代は、5歳年上が同じ頃に得ていたよりも少ない賃金しかもらえていないことになる。この分析をした連合総研の調査では、賃金以外でも新卒時の職の継続度、20代での能力開発経験、さらには幸福感まで、ロスジェネ世代は低い評価だった。この世代は「損をしている」ことが明らかだ。調査をまとめた一人、玄田有史・東大教授は「これは、、いわば『溶けない氷河』であり、中高年になっても厳しい現実を突きつけられている」と語る。この世代の支援に政府も乗り出そうとしているが、「それはけっして簡単ではない」とも指摘する。「氷河期世代を救うためには、今、やれることは何でもやらなければいけない。50歳から再チャレンジと言われても遅すぎる」(角拓哉)
「自分事」の問題ルールの刷新の時 編集委員・真鍋弘樹 社会に出た時期とバブル崩壊後の景気低迷期が重なり、希望の職に就けないまま非正規労働者や無職となった。そんな世代をロストジェネレーションと呼んだ本紙の連載に携わり、すでに12年がたつ。当時ともに企画を進めた記者らろ、「ロスジェネのいま」を取材して、もどかしさを禁じ得なかった。現在の30代半ばから40代後半までにあたる世代は、いあまだ少なくない人々が低賃金に苦しみ、家族を持てず、将来に不安を抱えている。「アラフォー。クライシス」や「中年フリーター」といった新たな名もメディアでついた。この世代が大人になった頃、自己責任という粗暴な言葉が社会に拡散した。不安定雇用に陥った本人たちも、多くが自責の思いにとらわれた。「自分の努力が足りなかった」といった言葉を今も取材で耳にする。
それは違う。ロスジェネが直面する困難は日本に住むすべての人が「自分事」として考えるべき問題なのだ。この世代の運命は国の未来に大きく関わる。人口動態上、第2次ベビーブーマーを含む人口の固まりを不安定な状況に置くことは、日本社会に計り知れないリスクをもたらす。現実に、未婚率の高さや定収入により出生率は落ち込んだままで、第3次ベビーブームを期待されながら、人口減少の危機を阻めなかった。もし、この世代が不遇のまま高齢化すれば、生活保護を含めた社会保障コストを激増させる。見方を変えれば、ロスジェネは日本社会を根本から変える契機を秘める。社会に出たタイミングが人生を左右する。そんな理不尽さの背後にあるのは、新卒一括採用に象徴される日本型雇用システムの非合理な面、および賃金や待遇における正社員と非正社員の断絶だ。この国が抱える矛盾をロスジェネは体現しており、この宿題を解くことなしに日本社会の将来は描けない。ロスジェネを「人生再設計第一世代」と位置づけた安倍政権の経済財政諮問会議は、「今後3年程度で集中的に再チャレンジを支援する仕組み」を提言した。公による支援は必須である。だが、この世代の自発的な「再チャレンジ」だけでは、この壁は乗り越えられない。私たちは、同じ国に生きる仲間として運命をともに背負い、社会の仕組みとルールの刷新に手をつける必要がある。日本社会はこれからも、この世代と生きていくのだから。

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

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