5月3日 ある日突然 脊髄損傷

朝日新聞5月3日24面:高校の柔道の試合で首を負傷した埼玉県の池田歩さん(23)は2010年5月、搬送先の県内の総合病院で「一生歩けない」という医師の言葉を耳にした。しかし、現実とは思えず、「努力すれば何とかなる」と信じた。
けがは、首の七つの骨「頸椎」のうち上から5、6番目脱臼骨折。頸椎の中を通る精髄の一部が傷つき、手足が自由に動かないまひや、さわっても感じない間隔障害が残った。体を支える体感機能を失い、支えなしでは座っていることもできなくなった。
ベットの上で頭と首、胴体を器具で固定された。自分では体を動かせず、痛みも感じない。床ずれを防ぐために2時間おきに体の向きをかえてもらった。
「また歩けますように」 教員の仕事を休んで泊まり込むようになった母の久美子さん(62)と、毎晩2人で祈った。
数日後、ベットでリハビリを開始。脱臼した骨を元の位置に戻して固定する手術を受けることになった。頭髪は丸刈りにされた。
入院から1ヵ月たった頃、本格的にリハビリを始めた。久美子さんは「歩けるようになるためでなく、残された機能を使って生活する訓練」と説明された。
秋には退院したが、復学はしなかった。校内は段差だらけ。部活に励み、文化祭の実行委員長として人前に立っていた以前の姿からの変わりようを、自分で受け入れられなかった。
通院で外出すると、周囲の視線が気になった。週1回の訪問リハビリを続けながら、一日の大半を自宅ベットの上で過ごす生活が続いた。介護のために、久美子さんは退職した。
翌年には、同級生だちは大学生になり、新たな世界に踏み出していった。自分だけが置き去りにされているようだった。気分が沈み、深夜まで眠れずに過ごすこともあった。
けがからもうすぐ3年という頃のある夜。「死にたくても、1人で起き上がることもできない」とベットでひとしきり泣いた。その後、自分の問いかけた。「落ち込んでいても何も変わらない。じゃあ、どうする?」「外に出るしかないじゃん」そう思い至った。(伊藤綾)
😐 あす以降のお話が良い方向に向かうように、祈るような気持ちです。「ファイト」

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