5月28日 旅芝居を歩く「5」

朝日新聞2019年5月24日夕刊13面:「いまに見ていろ」の役者魂 5月の爽やかな風が吹き抜ける。劇場や演芸場が並ぶ東京・浅草。ぱたぱたと揺れる一座の幟。「旅役者にとって浅草は甘酢っぱい匂いがする、心のふるさとなんです」。4歳のときから舞台に立ち、いまも現役で活動しているベテランの沢竜二(83)は語る。各地の座長に呼びかけ、浅草公会堂で「全国座長大会」を開いてきた。昨年で31回。さまざまなことに挑戦してきた沢。「サムライ・ミュージカル」と銘打ち、ニューヨークで3年連続の公演を果たしたことや、派遣切りで解雇された非正規労働者を各劇場で採用するよう呼びかけたこともある。「俺は役者でしか生きられない。意地ですよ」 旅芝居の一座は、座長の家族や親族で構成されているケースが多い。沢も父が浪曲師、母は女剣劇役者だった。臨月まで大きなおなかを抱えてチャンバラを演じていた母。だが福岡の芝居小屋で勇ましい所作「六方」を踏んだとき、陣痛が起き、楽屋で生まれたのが四男の沢だ。「小学生のころは『ドサの子』といわれ、同級生から石を投げられたこともあった」16歳のとき座長になった。朝鮮戦争の特需景気に沸いたころ。ご祝儀の千円札が乱れ飛んだ。やがて一座を解散して東京へ。当時ブームだった「ロカビリー」を劇中の剣劇に取り入れた。スピーディーでダイナミックな殺陣。粋でいなせな股旅やくざも絵になった。「『いまに見ていろ』とずっと思ってきた」と沢は言う。一緒に浅草を歩いた。煮込み、やきとり、おでん・・。路地裏にさまざまなにおいが漂う。老舗のストリップ劇場や数々の名コメディアンを輩出した「浅草演芸ホール」もある。古い伝統的な情緒をとどめつつも、奇妙に時代の先端的なものや異国的な文化を採り入れてきた浅草ならではの風景だ。だが、そんな雰囲気が変わり始めたのは、夫隅川の対岸に東京スカイツリーが開業した2012年からではないか。同年10月には、最後まで残っていた映画館3館が閉館。浅草から「映画の灯」が消え、大衆演劇の名門「大勝館」があった建物も壊され、大型ディスカウント店になり、周囲には近代的なホテルも続々建設された。「でも、ここは頑張っている」と沢。浅草寺に近い「浅草木馬館」だ。大衆演劇の劇場としての開館は1977年。私が訪ねた日は、実力者ぞろいの九州にあって明るい人情劇で人気を呼んでいる「橘菊太郎劇団」の座長、橘大五郎(32)が出ていた。10代のとき北野武監督の映画「座頭市」に出演。着物姿のタップダンスを披露してマスコミの脚光を浴びた。「でも自分は旅役者。守るべき城に戻ってきました」。広島の劇場で6年前に会ったとき大五郎はそう話していたが、久しぶりに見た芝居はさらに品格に富み、男の色気が立ちのぼっていた。人生の悲哀、義侠の心、孝の教え・・。旅役者の道のりは限りない。今日も各地の劇場で汗みどろの熱演が繰り広げられているだろう。 =敬省略(おわり) (編集委員・小泉信一)

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