5月26日 旅芝居を歩く「3」

朝日新聞2019年5月22日夕刊5面:情念ドロドロほろり涙も 旅芝居の一座と一緒に旅をしたことがある。だが福岡県の炭鉱町から次の巡業先に向かう途中、車から降ろしてもらった。ふと1人になりたくなったのである。人影の絶えた駅ホーム。妙に感傷的になってしまった。故あって故郷を追われた渡世人のように、俺も枯れ木の一本と化し、消えてしまうのではないか、とー。「その気持ち、よくわ分かります。風狂に生き、風狂に死んでいく。『無頼者への憧れ』とでも表現したらいいでしょうか」 兵庫県尼崎市の「三和劇場」で会った「劇団あやめ」の座長、姫猿之助(36)はそう語る。座員6人のミニ劇団。大劇団のように芝居のレパートリーもあれこれあるわけではない。だがまばらな観客の前でも、汗みどろの激しい立ち回りを演じていた。
福岡県出身。一座の座長だった父から独立し、2011年に旗揚げした。父の弟子で、交通事故で亡くなった旅役者・あやめ裕次郎の名前をとった。ことあるごとにアドバイスをしてくれた裕次郎。「お客様は入場料を払って見に来てくださる。どんなときでも、それだけの価値がある舞台をしなければいけない」が口癖だった。はんなりした舞台を得意とする関西。小気味のいいせりふ回しが特徴の関東。これらに対し、九州出身の役者は派手な剣劇を中心にした熱演型が多いといわれる。猿之助も、自ら考案したオリジナリティーの髙い衣装を身にまとい、劇団旗揚げの前は東京・浅草の浅草公会堂で入場料無料の座長公演を開いたり、パリのオペラ座で演じたりしたこともあった。痴情のもつれ、殺人事件・・。ほかの劇団ではあまり演じられないテーマも芝居に採り入れる。
「人間のドロドロとした情念を描きたいです」。美輪明宏の「ヨイトマケの唄」を流しながらの舞台は、ほろり涙を誘う。「ドサ役者」という言葉が浮かぶ。民俗学者の故・沖浦和光によると、ドサは「土砂」が転じたとも考えられるが、語源が何なのかはよく分からないという。差別的な響きがつきまとうため、敬遠する役者も多いが、猿之助は「ドサで結構。何が悪い。あてのない日々を送る俺たちにはしみじみ染みる言葉なんです。いまこそドサイズムの復権を唱えたい」と言う。そういえば旅芝居の世界にはこんな言葉もある。「役者殺すにゃ刃物はいらぬ。雨の三日も降ればいい」。猿之助も「舞台の上で死ねれば本望」と話す。失意のどん底に突き落とされても、芝居に生き抜こうとする覚悟である。俳優・小沢昭一は名著「私は河原乞食・考」で指摘していた。
「体制がわにくみいれられた時、その芸能は輝きを失って滅びる方向へまっしぐら。そしてその反対のわがにいる限り、芸能は、涙と怒りをはらにこめ、猥雑、放埓などハレンチな毒をもドップリと包んで、みずみずしく、溌剌として民衆を楽しませるのである」本当の芸能とは安住の中からは生まれない。洗練された芸能よ、さらばである。 =敬称略(小泉信一)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る