5月24日 明日も喋ろう ジャーナリスト田原総一朗さん

朝日新聞2019年5月20日21面(埼玉版):たはらそういちろう 1934年生まれ。ジャーナリスト、東京12チャンネル(現テレビ東京)などを経てフリーに。「朝まで生テレビ!」「サンデープロジェクト」などの討論番組に出演。「日本の戦争」(小学館)、「堀の上を走れ 田原総一朗自伝」(講談社)など著書多数。 僕は32年間、生放送のテレビ討論番組「朝まで生テレビ!」(テレビ朝日系)の司会をしてきました。放送が始まったのは、1987(昭和62)年4月、朝日新聞阪神支局が襲撃される事件が起きた1週間前のことでした。その後380回以上続き、平成の時代を通じて様々な立場の人たちの激論を見てきました。
番組では、政治や経済、社会問題を取り上げ、長時間の生放送で議論しました。「タブーはなし」が信念。天皇制や被差別部落、暴力団や原子力問題などを取り上げてきました。昔の出演者を振り返ると、「体を張って言論の自由を守っている」人が多かった。映画監督の大島渚さんは常に国家や権力に立ち向かう姿勢を崩さなかった。作家の小田実さんは「天皇制反対」を明確にしていました。作家の野坂昭如さんなんかは、生放送中に放送禁止用語をわざと言ってね。どこまでが言論の自由なのか、身を挺して挑戦していたんです。僕も同じですが、彼らに通底するのは戦争を知る世代だということです。
通っていた小学校の先生は戦時中、太平洋戦争を「米英からアジアを開放する正義の戦争だ」と言っていた。ところが5年生の夏休みが終わると言っていることが百八十度変わり、「間違った戦争だった」。「日本の英雄」だった人たちが次々と逮捕された。言論の自由がなければ、新聞やラジオなどメディアはまるで信用できない。そして、そんな状況下では国家は人をだますものなんだと、しみじみ実感しました。これが、僕や大島さん、野坂さんらの世代の原点だと思っています。言論界も政界も戦後生まれの人が増えてきた。安倍晋三首相も、戦争を知らない世代ですよね。報道の現場でも政治の世界でも、自由な言論、討論が減ってきている気がします。日本はデモクラシー(民主主義)の国です。デモクラシーを守るための原則は何か。僕は「体を張って言論の自由を守ること」だと信じています。そのために何が必要か。まずは、自分と違う立場の人がいるということを認めること。そして、意見が違う人と徹底的に討論することです。
今、表現の場で自主規制や萎縮が広がっていることに危機感を持っています。テレビ制作の現場では、皆クレームを怒れている。自分と考えの違う論者が出演するのが気に食わない。そんな抗議メールが大量に来るようなこともある。異論を認めない社会の空気が強まっている。それに屈しては、表現の自由は守れません。僕の元気が続く限り、徹底討論をやめません。(聞き手・後藤僚太)
戦時下の言論 政府が新聞発行を差し止められると定めた新聞紙法(1909年)や、共産党員の取り締まりなどを目的に成立した治安維持法(25年)など、一連の立法をもとに政府の言論統制が徐々に強まった。報道機関の自主規制や萎縮も広まった。朝日新聞の社説が満州事変容認に転じた背景には、軍や右翼団体からの敵視や、不買運動などがあったとされる。

 

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