5月24日 旅芝居を歩く「1」

朝日新聞2019年5月20日夕刊5面:一瞬の光芒ヤンヤの喝采 「待ってました」「座長!」スポットライトに照らされた舞台に向かって掛け声が飛ぶ。瀬戸内海に面した香川県宇多町。10連休最後の5月6日、温泉施設「瀬戸大橋 四国健康村」のステージでは「剣戟はる駒座」の役者たちが汗みどろになって激しい立ち回りを演じていた。「どの街にも、僕たちの芝居を楽しみにしてくれるお客さんがいるのです」と座長の津川鵣汀(26)は言う。大広間には200人ほどが詰めかけ、満席となった。涙や笑いを誘う人情芝居や、華やかな演舞ショーが売り物の大衆演劇。旅から旅への興行が多いため「旅芝居」とも呼ばれる。テレビの普及や娯楽の多様化の影響で戦後衰退したが、1980年代、東京・浅草から「下町の玉三郎」と呼ばれた梅沢富美男が出て人気が再燃。当時の2倍にあたる130ほどの劇団が現在あるという。昼と夜の2部構成。粘っこく、お涙ちょうだいの芝居もある。肌にべたつくような熱気。立ちのぼる色気。役者と観客の距離が驚くほど近い。一瞬の光芒にヤンヤの喝采がわき起こる。「こういうコミュニケーションが成り立つ劇場がいまの日本にどれだけあるのでしょう」と鵣汀。この日も、前方に陣取ったおばちゃんたちがご祝儀として1万円札を役者の胸元や帯にピンで留めていた。
「剣戟はる駒座」は、鵣汀の父、津川竜(49)が1997年に旗揚げした。座員は現在20人ほど。家庭や親戚で成り立っており、0~3歳の子どももいる。舞台の上では、七五調のセリフを朗々とはきながら、大仰な見えを切る。芸能界の片隅に置かれているような旅芝居だが、熱狂的なファンは多い。「追っかけなんです。日ごろの嫌なことも芝居を見ていると忘れてしまいます」と岡山から来たという70代の女性。「四国健康村」には2階建ての寮が完備され、座員はそこで住み込み生活をしている。旅から旅の浮草稼業。サラリーマンのようなボーナスも退職金もない。「でも一番つらいのは千秋楽の舞台がはねてからです」と竜は言う。1ヵ月の公演が終わると、休むまもなく次の巡業地へ移動しなくてはならい。衣装、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、炊事用具。生活に欠かせないものを一式、大型トラックに自分たちで積み込む。芝居を見ていて考えた。スーパー銭湯の大広間で人気に火がつき、昨年のNHK紅白歌合戦に初出場しょうたムード歌謡グループ「純烈」も、旅芝居と同じように中高年女性の熱い声援に支えられてきた。AKB48や欅坂46などのアイドルグループの公演や握手会も、ファンとの距離の近さが売りだ。目立たないが各地に熱烈な支持者をたしかに持つ旅芝居もブームとなる可能性は十分。もっと光が当たっていいのではないかー。チョン、チョン、チョン・・。午後8時、白拍子の甲高い音が鳴り響いた。公演の終わりを告げる合図である。外はすっかり暗い。「大衆演劇」と染め抜かれた旗が夜風に揺れていた。=敬称略(編集委員・小泉信一)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る