5月23日 シンギユラリティーにっぽん 未来からの挑戦⑥

朝日新聞2019年5月19日4面:最適な治療法AIの力で 血圧や運動量といった情報をリアルタイムに集めて人工知能(AI)が解析、治療に役立てる。そんな新しい医療をめざす実験が進行中だ。社会保障のしくみを変える可能性もある。(編集委員・浜田陽太郎) 東京都内のIT企業でシステム開発を担う森田孝之さん(40)は1年ほど前から、スマートホォン上の七福神と「対話」するのが日課だ。「たくさん歩いておる。とてもうれしいぞ」。恵比寿様はこんなふうに褒めてくれる。3年ほど前に突然、体調が悪化した。大量の汗をかく。集中力を失い、仕事のミスが続く。病院を受診すると糖尿病と診断された。働き始めたころ、世はITバブルに沸いていた。「月300時間労働というのは普通だった。400時間を超えた月もありました」。森田さんは振り返る。今回、糖尿病になった原因は不明だが、「たまっていたものが出た」気がする。森田さんは今、ウェアラブル端末を常に携帯し、歩数など活動量を記録。体組成計などで毎日測る体重や血圧といったデータや、食事内容の情報もスマホに集約し、病院につながるコンピューターに送っている。
森田さんが参加するのは、政府が資金を出し、国立国際医療研究センターが主導する大規模な臨床研究だ。1千人を超える糖尿病患者が1年かそれ以上にわたりデータを送り続ける。3年にわたる研究でデータを積み上げ、2022年に糖尿病の標準的な治療法として位置づけることをめざす。集めた情報は主治医が見る。月1回程度の診療では把握しきれない患者の生活ぶりを知り、治療に活用してもらう。糖尿病は一度なっても、薬なおで治療を受けながら食事や運動などの生活習慣を自己管理すれば重症化を防げる可能性が髙い。日々の運動や食生活の管理がカギを握る。この研究を踏まえ、日本糖尿病学会などは将来、個々の患者ごとに精密な治療方法をしめすことをめざす。生活習慣の変化や治療の効果、遺伝子情報などをビッグデータ化し、AIに学習させて診断のアルゴリズム(計算式)を開発する方針だ。日本で糖尿病患者は1千万人。予備群を含めれば2千万人いると推計される。糖尿病が原因で腎臓の機能を失い、人工透析が必要になる人も年約1万6千人。人工透析は患者本人の生活に強い制限がかかるだけでなく、医療費も1人当たり年約500万円と高額になるため、政府は重症化予防に力を入れている。森田さんの主治医で、研究への参加者を集めるため全国で150回の説明会を開いた同センターの坊内良太郎医師は「将来、1千万人の患者に1千万通りの最適な治療を提供できるようにしたい」と意気込む。
ヘルスヘア商品の効果解析 この臨床研究は医療分野でありながら、厚生労働省の所管ではない。経済産業省が3年で約24億円の予算を投じて進める事業の一環だ。めざすのは、AIを活用して健康・医療情報を解析し、予防や健康関連といった「ヘルスケア産業」を育てること。それには、企業が提供するヘルスケア関連のモノやサービスが利用者の健康にどのように貢献しているのかを評価するしくみが欠かせないという。同省の西川和見ヘルスケア産業課長は「あやしい商品やサービスが市場を壊さないように、費用対効果を検証する必要がある」と指摘する。検討されているのが、ヘルスケア関連のサービスを受けた消費者が支払った金額や回数などの購買データと、健康や医療のデータをつなげて関係性をAIに解析させるアイディアだ。
「AIにビッグデータを解析させることで、その関係性がたどれるようになる。ネットで広告を見たお客さんが、キャッシュレスで支払いをしたら、広告と売り上げとの関係性が見えやすくなると同じことです」経産省の事業データ解析とアルゴリズム開発を担当する産業技術総合研究所の本村陽一・人工知能研究センター首席研究員はこう説明する。健康情報を生かした商品開発が進んでいる産業がすでにある。生命保険だ。1日平均8千歩以上歩くと達成状況に応じて保険料の一部を還付する「あるく保険」を2年前、東京海上日動あんしん生命保険が発売、住友生命保険が昨年、保険商品に組み込み始めた健康管理プログラム「バイタリティ」は、検診を受けたりスポーツイベントに参加したりするなど加入者の健康への取り組みをポイント化し、保険料を増減させるしくみだ。
健康増進 強制させる恐れも 国民全体をカバーする公的医療保険がない米国は、医療・健康分野での「ビジネス」の存在感がもともと強い。昨年2月、ウェストバージニア州の公立校教員たちが待遇改善などを訴えてストライキに打って出た。昨年11月に公開されたマイケル・ムーア監督の映画「華氏119」にも取り上げられたこのストライキ、教員たちの不満の一つが健康保険について、ウェアラブル端末やアプリを使った健康プログラムに「不参加なら1年で500㌦(約5万5千円)のペナルティー」を科す形で、加入を事実上強制したことだった。「センシティブな個人情報の提出を強いられるのはプライバシーの侵害だと感じた」。教員の一人は米紙の取材に語っている。「健康増進への取り組み」が強制色を帯びる兆候は日本にもある。
今年4月、都内で開かれたシンポジウム。政府の経済財政諮問会議の民間議員を1月まで6年間努めた高橋進・日本総研名誉理事長はこう話した。「(健康増進に)お金を使った人が健康になり、出し惜しみした人が不健康になったとして、努力した人と努力しない人が同じ保険料でいいのかどうか。その議論はこれからしなくちゃいけない」自民党の厚生労働部会長を務める小泉進次郎衆院議員らは16年に「健康ゴールド免許」の創設を提言した。「健康維持に取り組んできた方が病気になった場合、治療の自己負担を低くして、自助を促す」ためと説明した。AIは医療・健康分野で社会をどう変え得るのか?
米国のデータサイエンティストで「あなたを支配し、社会を破滅する、AI・ビッグデータの罠」の著書、キャシー・オニールさんはこんな未来予測を披露してくれた。街頭の監視カメラや、クレジットカードの購入履歴で人々の行動を追う。喫煙によって肺がんになるリスクがどれだけ高まるか個人単位で予測する。この二つのデータを組み合わせ、「肺がんになるリスクが高いのにたばこを吸い続けていた人は、手術を受ける権利を失う」というルールがつくられる。社会保障の支援が受けられるかどうかは「正しく行動」してきたかで決まるー。データとAIがそんなしくみをも可能にする時代に、私たちは入っている。

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る