5月21日 歌舞伎町の駆け込み寺17年「もう、できひん」

朝日新聞2019年5月17日夕刊11面:玄秀盛さん幕下ろす決意 よろず相談・出所者に働き口・・資金尽き、スタッフ去った 東京・新宿の歌舞伎町で「駆け込み寺」として、おらゆる相談に無料で応じていきた玄秀盛さん(62)が看板を下ろそうとしている。病気に加え、自己破産の末の苦渋の決断。17年間にわたって活動をしてきたが、「もう限界」という。「駆け込み寺」が誕生したのは2002年5月。貯金と借金計1800万円を資本に14坪の事務所を借り、一人で始めた。
家庭内暴力や当事者や多重債務者、自殺願望者・・。「行政や警察に相談しても解決できなかった」と訪ねてくる人たちと向き合ってきた。12年には「日本駆け込み寺」が公益社団法人となり、多いときはボランティアを含む40人が相談を担った。特に力を入れてきたのは、前科を持つ人の自立再生支援だ。「被害者を減らすには、加害者を生まないことが一番」との思いから仕事をあっせんするようになり、14年には一般社団法人「再チャレンジ支援機構」を立ち上げた。翌年、出所者支援居酒屋「新宿駆け込み餃子」を歌舞伎町にオープンし、100人以上の社会復帰につなげた。
順風満帆ではなかった。16年秋、頸椎椎間板ヘルニアと腰部脊柱狭窄症を患い、首と腰を手術した。4カ月の治療を経て戻ると、見覚えのない、総額1200万円の債務保証を抱えていた。事務所のスタッフと関係者4人も消えていた。もともと、自転車操業の資金繰りで、自己破産するしかなかった。頼みの綱だった助成金は自己破産を理由に立ち消えとなった。事務所内でのあつれきもあった。昨年末、ある元受刑者を雇うと決めたところ、6年勤めていた女性職員が「その人は信用できない」と抗議し、事務所を去った。元受刑者も4カ月後、現金7万円を持って姿を消した。「俺がやってきたことってなんだったんだろう」。がくぜんとしたが、後悔はないという。「(犯罪を)やっている人間もしんどいんや。救いを求めておれのところに来たら、同じ人間として相談に乗るだけや」
思いは、自らの人生に支えられている。在日韓国人2世として大阪市西成区で生まれ、父の愛人ら4人の女性の家を転々とした。受け入れてもらえず、公園で寝泊まりすることもあった。小学校を転校するたびに「キムチ臭い」「朝鮮人」とからかわれ、けんかはしょっちゅう。中学を卒業すると自動車修理工やキャバレー店員などの仕事を渡り歩き、金融業を営んだ時は暴力団とも向こうを張った。「はいつくばって生きていた自分だからこそ、できることがある」。こう信じて、やってきた。だけど、弱音が出てくるようになった。「人も金もなければ、できひんわな」とつぶやく。事務所はいま、玄さんと所長の中島一茂さん(50)、2人のボランティアがいるだけだ。「駆け込み寺を閉める」とは言いたくないが、夏には資金が底をつく。家賃が払えなくなれば、事務所の閉鎖は避けられない。
歌舞伎町も様変わりした。実物大の「ゴジラ」でおなじみの新宿東宝ビルが開業して4年たち、「怖い街」のイメージが薄れている。ただ、時代の移ろいに合わせるかのように、犯罪も変わる。小遣い稼ぎのつもりで自分の裸をLINEで送った結果、脅されて性行為を強要されたり、モデルとしてスカウトされたつもりがアダルトビデオに出演させられたりする事件が増えている。「健全さを装ったって、欲望渦巻く街に変わりありません。光が強いほど、影も濃くなる」きょうも、相談者からの電話がひっきりなしに鳴っている。(今村優莉)

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