5月19日 しじみ汁の経済学【3】

朝日新聞5月19日15面:自由化GDPか数字だけでなく倫理的視点を
ー著書では、経済学は善悪の問題、倫理にもっと関心を向けるべきだとも主張しています。
「今の経済学は自分の中に閉じこもっています。市場には見えざる手があって、それが個々人の欲望という悪さえも、全体の豊かさとう善に変えられるとされてきた。しかし、悪が悪にしかならない、つまり欲はさらに邪悪な欲しか生み出さない場合も多いのです」
「投資などに社会的責任といった倫理的な視点を持ち込むのはおかしいと考える人々がいます。ビジネスはビジネスというわけです。経済学者は悪に通じる道は善意で敷かれていると考えがち。しかし善は善に通じる、つまり倫理的な視点がよりよい経済を作り出す、ということもあるのです」
ーそんな考えに戻るには、経済を倫理学とか哲学とか心理学とかもっと幅の広い知識の中に組み込まなければならないこと。
「経済学は社会科学の中で浮いています。文献を調べていて驚いたことがあります。数字が入っている論文の引用度は、そうでない論文の10倍くらいになる。経済学者の中には数字が出てくると満足する人が多くなっている」
ー数字にならないものの価値を評価すべきということですか。
「数字は私の趣味のひとつですが、何でも数字で表せると考えるのは宗教的だしナイーブです」
「経済学は数字で表せないものにも数字を与えたがる。でも本当にすべてに値札がついた人生でいいのか。友情や恋愛なんて数字にならない。ある人の笑顔がほしいからといって、それが2700円なんていうことはどうでしょうか」
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ーチェコはかつて共産主義体制でした。その経験はあなたの思想に影響しましたか。
「1989年11月。(共産主義体制が崩壊した)ビロード革命は大きな体験でした。想像を超えるエネルギーを感じた。起きていることをだれも疑わない国民を見たのはそのときだけです。当時の私たちが信じたのは民主主義と資本主義。その土壌があって初めて、自由、経済、文化などの成長が実現すると思った」
「しかし、今は考え方が逆転しています。こうです。経済成長がなければ資本主義も民主主義も崩壊するー。私にとっては自由を意味する資本主義こそ大事であり、経済成長の優先順位は低い。なのに、人々は資本主義というより成長資本主義を信じています」
「少し前からたくさんの政治家や経済学者が一党独裁の中国に目を向けています。そして民主主義をちょっと抑えようと言い出す人さえ出てきた。それでGDPが伸びるならいい、というのです」
「民主主義は話し合いにものすごく時間がかかる。けれど、中国だったら政府が『空港を造る』と言えばすぐにできる、というわけです。私は『マジかよ。本当にGDPのためなら自由を失ってもいいのか』とあきれしまた」
「もし冷戦時代に東欧の共産主義国が経済成長を続けていたら、体制は終焉を迎えることがなかったか。私は、やはり終わることになったと思っています」
<取材を終えて>(編集委員・大野博人)
たとえば災害が起きてたくさんの人が犠牲になる。社会が喪に服したように、祭事が中止される。そんな中で欲望の祭りが盛り上がる場所がある。市場だ。被害による損失への不安や復興需要でのもうけへの期待で、株が上がったり下がったり。
そんな悪も、再建に向けての資金、エネルギーという善に変換する、はずだった。それが市場の役割のはずだった。だが、リーマン・ショックなどで垣間見えたのは、その機能不全。節度のない欲望という悪を善に変えられず、またさらなる欲望を生み出しているだけではないだろうか。
同氏は、著書は答えではない、問いかけだ、と話す。それでも、私たちの経済への違和感には歴史的、思想的な理由があると教えてくれる。

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