5日てんでんこ 皇室と震災【10】

朝日新聞2017年6月3日3面:皇后さまは「震災者のための活動をありがとうございます」と語った。 天皇、皇后両陛下は東日本大震災発生直後の2011年3月~5月に7都県で被災者を見舞った。その際、各地で支援に携わる自衛隊幹部らとも面会した。
宮城県を訪れた4月27日は、震災発生から1カ月半後。25日に東北新幹線が仙台まで往復し、29日にはプロ野球の東北楽天ゴールデンイーグルスやサッカーJリーグのベガルタ仙台が開幕戦を催すなど、復旧、復興への足がかりがつきはじめた時期だった。
陸上自衛隊東北方面総監の君塚栄治さん(15年死去)は宮城県東松島市の松島基地で両陛下を迎えた。かつて君塚さんに取材したとき、印象深かった話がある。「遺体の扱い」だ。3月14日に被災地の陸海空の統合任務部隊指揮官に任命された際、当時の北沢俊美防衛相(79)に「ご遺体は生きている人と同じように、丁寧に扱ってください」と言われたという。
君塚さんは大臣の言葉を部下に伝えるにあたり「自分の家族と同じように」と言い換えた。「被災地の現場に行く18歳から20歳の若者。身近に死体を見る経験もない隊員たちにもわかるように説明する必要があった」
こうした思いで活動する自衛隊員らを両陛下は気遣った。海上自衛隊第1護衛隊群指令だった糟井裕之さん(54)は当時、護衛艦や航空機による救助や捜索を指揮。4月27日は宮城県南三陸町の歌津中学校の避難所で両陛下を迎え、捜索状況について説明した。
「ご苦労さま。危険なことも多いんでしょう」と尋ねる天皇陛下に、「被災者が大変な思いをされているので、危険などと言っていれれません」と答えた。陛下は「たとえばどんなことが?」と重ねて尋ねてきた。
糟井さんは、震災発生当初、沿岸地域で孤立する人を捜したことに触れ「明るくなるまで待っていると生存者が凍死してしまう。真っ暗な夜の間もヘリを飛ばして生存者を捜しました」。小型船やボートでも捜したが、津波で流された漁船や住宅が沈んでおり、水中の様子がわからず危険だったことも説明した。
聞き終わった陛下から「ご苦労さま」とねぎらわれた。皇后さまからは「被災した人たちのために活動していただいて、ありがとうございます」と声をかけられた。(北野隆一)

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