5日 リレーおぴにおん みどりの恵み⑦

朝日新聞2017年5月2日13面:命つなぐ覚悟「役」にも変化 俳優 木村多江さん 1971年生まれ。96年にドラマデビュー。映画「ぐるりのこと。」で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞。野菜ソムリエの資格も=西田裕樹撮影
数年前から、近くの農園に家族で出かけ、野菜や果物を収穫させてもらっています。初めて手にしたキュウリの深い緑色。水洗いもせず、ズボンで少し拭っただけで、がりっとかじったときの歯ごたえと香り。こんなに豊かな食べ物があるんだ、と気づきました。
きっかけは、近くの公園で子どもと一緒に土を触ったことでした。自分も幼いころ、庭のビワの木に登り、夕焼けを眺めていた。我を忘れて夢中になった幸せな記憶を思い出したんです。しかも、虫が好きで。アオムシを手のひらにのせ、指でなでていました。あんなにきれいな緑色って、ない。命あるものの色は、本当に美しいです。
大人になった自分が忘れていたものでした。ただ生きることに、一生懸命で。道ばたの小さな花でも、身近に豊かさはある。なのに、いっぱいいっぱいで、気づかなくなっていました。
生きていく覚悟を決めることと、小さな自然にも何かを感じられる心のゆとりは、つながっていると思います。自然って、自分を立ち止まらせ、元に戻してくれる存在なんでしょうね。
芸能界は華やかなイメージかもしれませんが、健康でいるのが難しい不規則な日常です。私は20代のころまで、生きることにもがいていました。睡眠も削り、自分を痛めつけるようなところがありました。人と話すのが苦手で、心にたまったものをはき出せる場所が欲しかった。それが舞台でした。
心の持ちようは、その人のふるまいにも表れるのでしょう。若いころは、死んでいく役が多かったです。木になって死ぬという役では、顔に特殊メイクをして木になりました。愛する人が森で命を絶ったという設定でした。自分も自然と一体になることで、その人とも一緒になれる「喜び」を意識して演じたのを覚えています。ただ、「不幸な役なら木村多江」と言われるのは、うれしいことでした。自分にしかできないお芝居をしたかったので。
生き残れる役が増えたのは、30代になってからです。自然の存在に気づく大きな体験の一つは、病室の窓から見た世界でした。出産のときに半年以上入院しました。木と空だけが外の世界のすべてでしたが、毎日朝が来て、雲は形を変えていくんだ、と。
そしてもう一つは、桜の時期に49歳で逝った父の死でした。21歳だった私は、美しいはずの桜の花を見るのも苦しかったけど、花の後で命をつなぐ新緑は、素直に目に入ってきた。父から渡されたバトン、父よりも長く走って私がつながないと。しばらくたって、ようやくそんな覚悟ができたから、役としても生き残れるようになったのかと思います。(聞き手・山田史比古)

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