4月30日 「最後の医療」正解のない問い

朝日新聞4月30日8面:フォーラム面ができて1年たちました。より多くのみなさんと議論することを目指し、その議論から見える社会課題の解決を模索する試みも強めます。ほぼ2ヵ月に1度のこの欄にはこれから、フォーラム面づくりに携わった記者が、感じたことなどをつづります。まずは、2月から4回連載した「最後の医療」に参加した畑川剛毅記者が以下、連載とその後の取材について書きます。
気になった二つの意見
1985年の日航機墜落事故や阪神淡路大震災の現場で、死をまじかに感じた経験はあります。そんな現場で接するのは、とっぜんに訪れる死です。「最後の医療」取材に加わり、いかに自分の最後を考えることを避けてきたか、痛感しました。
アンケートの回答とは別に、多くのメールや手紙が寄せられました。深く考えさせられた二つを取材しました。 京都市の高橋美知子さん(66)は2014年夏、カメラマンだった夫の栄さん(当時68歳)を突然失いました。 栄さんは仲間と食事中、機関に肉を詰まらせ窒息。30分以上、脳に酸素が供給されず、自発呼吸は回復しませんでした。
1週間後、担当医から治療方針を問われました。「治療を整理し緩やかな死を迎える」「薬の投与など少し積極的に延命する」「気管切開をして気道を確保し積極的に延命する」の3通りが示され「家族でよく話し合って決めてください」とゆだねられました。
常々、夫婦でいざという場合は「延命はしない」「葬式も墓も不要」と話し合っていました。しかし、「管はつながっているものの眠っていだけに見える。温かな肉体がなくなってしまう恐ろしさ、生死をゆだねられた重さ、苦しさ、とても悩みました」。
娘夫婦とも繰り返し話し、美知子さんが最終決断をしました。。「肉体を傷つけてまでの延命はしない」。栄さんは1ヵ月後、家族に見守られながら静かに旅立ちました。
今でも悩まない日はない
美知子さんは「あれでよかったのだろうと思う一方で、気道を切開していたら今も温かい体があったのではないかと悩まない日はない」と言います。「夫の死を決めた苦しさを一生背負わなければならない。決断の1分前でも自然に息を引き取ってくれたら、この苦しみもないのにと思うこともある」 娘夫婦には、最後の希望を書き残しています。 最後のあり方は人それぞれ。正解のない問いの繰り返しでしょう。だからころ、事前に意思を示すことが大切だと感じます。
100歳からの大胆な提言
奈良県の老人ホームに住む馬詰真一郎さん(100歳)から届いたメールには、思い切った提言がありました。「75歳以上は、透析や胃ろうなどの延命処置は原則として施さず、希望する場合は全額自己負担とすべきだ」 場詰さんは銀行員、企業の経理担当者として85歳まで働き、以来、奈良にホスピスを設立する運動に携わっています。心臓弁膜症を患い、要支援2.「腎機能が悪化した」とも診断されましたが「県内に三つできたホスピスはいずれも北部。県南にできるまであと5年は死ねない」と意気軒高です。一方で「腎機能がいくら低下しても人工透析を受けるつもりはない」ときっぱり。
あと10年で年間に亡くなる人の総数は170万に激増します。「これまでと同じように延命処置を施していれば医療費はいくらあっても足りない。国民全体の経済、医療を考えれば、延命のための延命はやめるべきだ」。浮いたお金は「がんの緩和ケアや介護保険の充実、若年層の貧困対策などに回す」。
団塊世代が後記高齢者になり、激増する社会保障費をどう分配するか。今後20年の大きな課題です。「延命の一律制限」という、人生の若輩者にはとても言い出せない思い切った提案に驚くばかりです。
「最後の医療」が抱えるテーマは幅広く、フォーラム面の4回連載で議論できたのはごく一部です。認知症などの場合の最後をどう考えるか、取材を続けています。その結果を5月下旬にお伝えする予定です。
😥 緊急の場合、延命するかしないか、夫婦で話し合っていても、もしその時になればどのような答えができるか、たぶん今は考えたくない、先延ばしにしてしまいそうな話です。これが親なら子供から話しかけるなど、話し合うことすらできないかもしれません。

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