4日 人生の贈りもの 和田アキ子【5】

朝日新聞2017年6月2日27面:幻の芸名「マーガレット和田」 待ち合わせのホテルでホリプロの堀威夫社長に会いました。スーツ姿で頭は角刈り。「あなたで勝負したい」。熱心に話しかけてくるんです。半信半疑だったのでもらった名刺に電話をかけ、ホリプロという会社が本当にあるのかどうか調べちゃいました。
≪「この人に人生を託してもいいかな」と思い、上京を決意。1967年、17歳の春だったという≫ 生まれて初めて乗った新幹線。でも、新大阪から東京までワンワン泣いていました。不安だったんでしょうね。
ホリプロは赤坂の裏手にありました。びっくりするほど汚くて、えらいとこ来てしもた、と後悔しました。1階に喫茶店があって、その上が事務所。もしかして外国に売られてしまうんやないか、と心配になりましたよ。横浜の六角橋というところにあった、堀社長のお父さんの家に下宿しました。東横線に乗って渋谷へ。地下鉄に乗り換え、赤坂の会社まで通うんです。当時のホリプロはグループサンズ(GS)ブームに乗ってグループがたくさんいました。米国進出をめざしていたけど、失敗したそうです。「海外でも通用するタレント」ということで、背が高くて英語の歌を歌える人を探し回っていたら私を見つけたんですって。
来る日も来る日も定期券を使って朝10時に出勤。昼まで電話番。その後、会社内にあるスタジオで英語とモダンダンスのレッスンを受け、終わると夜までまた電話番。電話番をしたのは、大阪弁を直させるという理由でした。
≪米国でデビューする予定で芸名も「マーガレット和田」となっていた。マーガレットの花が好き、と言ったらそんな名前になったそうだ。だが、どうもしっくりこない。本名の現子をカタカナにして「和田アキ子」に決めたのが堀社長だった≫ 会社はGSの米国進出失敗を機に赤字が膨らみ、大変でした。「どしゃぶりの雨の中で」(69年)がおかげさまでヒットしたものの、給料は遅配に次ぐ遅配だったんです。(聞き手 編集委員・小泉信一)

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