31日てんでんこ 皇室と震災Ⅱ【18】

朝日新聞2017年7月29日3面:中越沖地震被災地の柏崎市では、拉致被害者の蓮池さん夫婦とも会った。 新潟県は中越地震から3年もたたぬうちに、最大震度6強の揺れに見舞われた。2007年7月16日午前10時13分に発生した中越沖地震だ。震源は新潟県沖。柏崎市と刈羽村で計15人が亡くなり、長野県を含む計約4万戸が全壊や半壊、一部損壊の被害を受けた。
震源に近い東京電力柏崎刈羽原発7基のうち、起動中や運転中だった4基は自動停止した。だが3号機の変圧器で油もれによる火災が起きた。付近の道路は波打ち、鎮火まで約2時間かかった。使用済み核燃料プールの水があふれ、低レベル放射性廃棄物入りのドラム缶が倒れて微量の放射性物質が漏れ出た。
天皇、皇后両陛下が柏崎市と刈羽村を訪れたのは23日後の8月8日だった。自衛隊機で新潟空港に着くと、当時の泉田裕彦知事(54)が迎え、自衛隊ヘリで現地に向かった。天皇陛下は阪神大震災や中越地震ではジャンパーにセーターを着ていたが、真夏の今回はノーネクタイのシャツ姿だった。
泉田知事が、原発で放射性物質が微量検出され観光に影響が及んだと説明したところ、天皇陛下は「いろんなところでご苦労されている人がいるんですね」と語ったという。ヘリは正午過ぎ、柏崎市の陸上競技場に到着し、両陛下は歩いて隣の柏崎小学校に入った。地震翌日に被災地全体で計1万2千人いた避難者は、千人足らずに減っていた。
柏崎市人事課で行幸啓担当だった箕輪正仁さん(57)によると、事前に宮内庁から細やかな連絡が来ていた。いわく、案内役の市長は両陛下の左側2,3歩ほど前を歩くように。いわく、段差の前では「段差でございます」と伝えるように、などと。
小学校体育館には100人近い避難者がいた。当時の会田洋市長(70)は、避難者の代表にだけ声をかけると思っていたので「みなさんをお見舞いされます」と聞いて驚いた。両陛下は目と目で合図すると、さっと左右に分かれ、一人ひとりに声をかけていった。
小学校隣の市立図書館では、02年10月に北朝鮮から帰国し、柏崎市に帰郷した拉致被害者の蓮池薫さん(59)、佑木子さん(61)夫婦も両陛下に会った。蓮池さんは拉致被害者家族について「高齢になって入院される方もおり、被害者の一日も早い帰国が切に望まれます」と話したという。(北野隆一)

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