31日 小林カツ代さん 味わい今も

朝日新聞2017年5月29日31面:「料理は愛情?技術よ」時代の半歩先に パパッと早く、おいしい料理を。仕事も家庭も楽しくと食から問いかけた料理家、小林カツ代さんが亡くなって3年。本も次々に出版され、時代を先取りしたセンスや生き方が見直されている。
生前交流のあったノンフィクションライター中原一歩さん(39)が1月、評伝「小林カツ代伝」(文芸春秋)を出し、話題になっている。小林さんの魅力について聞いた。
「失敗はするけれど、まずいものは作ったことがないのよ」。忘れられないですね、この言葉。味覚が確かなんです。大阪の商家の母の味と、大阪の街のビーフカツサンドやきつねうどん。だし文化のなか、ええもん食べて育ったから。「シュッとした大阪の味、あかねけた味」がカツ代さんの味。でも関東風も否定しなった。
「料理は愛情っていうのはつらい言葉ね。料理は技術よ」っていうのもカツ代さんらしい。だれが作ってもおいしいレシピにした、家庭料理のパイオニアでしたね。それをわかりやすく、ユーモアを交えて伝えた。「塩少々ってお焼香するときの要領よ」とか。ワンタンを作るとき、具と皮をバラバラに鍋に入れると簡単でいいじゃないと気づく。で、「わが道をゆくワンタン」と名づけたり。
彼女の時短レシピは働く女性たちの味方だった。時代の半歩先を歩いていましたね。晩年は高齢者向けの料理に力を入れたいと話していた。例えば、鍋一つで手軽にできる料理を。十八番の肉じゃがも、ジャガイモがぼってりしてむせるから、もう少し水分があるレシピにしたいと。
深夜によくメールが来たんです。「このレシピどう?」とか。くも膜下出血で倒れる前日も。焼きそばに生卵をつけるとおいしいとか、やっぱり食べ物の話でした。いまも、何度も同じ夢をみるんです。カツ代さんが大阪の御堂筋を、胸を張ってずんずん歩いていく夢を。
「ど真ん中に飛び込め。恐れるな」。忘れられないカツ代さんの言葉です。取材先の懐に、社会問題の真ん中に斬り込んでいけってことだなって。カツ代さんは人生のど真ん中をスカッと歩いた人でしたね。
時短術、働く女性解放 没後も相次ぐ関連本 小林さんは1万点以上のレシピを残した。
「小林カツ代のおかず道場」(2016年、河出文庫)は小林さんの口調そのままに作り方を再現。「ごま油をピャーッとかける」「キャベツを1枚ペロッと置く」と、臨場感たっぷりに。
「食の思想」(17年、河出書房新社)は未公開原稿を軸に「男女を問わず、自分の食べる食には責任を持つのが基本よ」「従来の、ではなく、自分にとって便利な”本当”を選ぶ」と哲学がいっぱい。
どちらも編集に協力したのは料理家の本田明子さん(54)。1982年に内弟子となってからずっと、家族ぐるみのつきあいをした。「平和なくして食あらず。命から命をいただいている。忘れちゃいけないよって言われました」。食を通じて幸せな社会に、という思いが土台にあったのだ。
3年前に文庫復刊した「働く女性にキッチンライフ」(だいわ文庫)など小林さんの本を20冊以上手がけた編集者、矢島祥子さん(69)は、「これは料理本というより時間学のつまったビジネス書ですね」とみる。
働く女性として小林さんとは同志という思いを抱く矢島さん。長女を出産して復帰し、時間に追われていた80年代、小林さんの時短料理に助けられた。何でもコトコト煮こめばいいってもんでもない。「わーっと強火で」煮たほうがよく仕上がるものも。いらない手間を省いたり手順を変えたり。「手抜きじゃないんです」
「小林カツ代と栗原はるみ」(新潮新書)を一昨年に出した生活史研究家の阿古真理さん(48)は、当時の時代性に注目。主婦が増え、「食に手をかけることが愛情」との認識が広まった後、女性の社会進出が始まる。「長時間労働に縛られながらも、おいしいご飯を作りたいと思う人たちのレシピや姿勢がアピールした」
青菜はゆでずに炒めていい。ソースは作らなくてもケチャップとウスターソースを混ぜたらいい。「こうしなければと罪悪感に苦しむ人たちに、自分を許すやり方を提案し、解放したんですね」。共働きが増えた、いまに通じる。(河合真美江)

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