29日 てんでんこ マイ電力②

朝日新聞2017年4月26日3面:ろうそく生活の避難所に、太陽光発電がもたらした電球1個の幸せ LED電球にスイッチを入れると、10畳の部屋がぼんやりと浮かび上がった。畠山のぶこ(69)は、その日のことをいまも鮮明に覚えている。2011年4月3日、岩手県陸前高田市の広田半島にある六ケ浦公民館には自宅を流されるなどした25人が避難していた。
「うれしかったですよ。3週間以上もろうそくの生活だったから。電球1個でこんなに幸せを感じるんだって」明かりを届けたのは、NGOソーラーネット代表の桜井薫(67)と仲間たちだ。手作りの太陽光発電を途上国に届ける活動をしている桜井は、埼玉県小川町からワゴン車に太陽光パネルを積んでやって来た。
停電が続き、被災者は明かりと情報に飢えていた。送電線がつながるには時間がかかる。太陽光発電があれば、照明やラジオ、携帯電話の電源になるし、乾電池のように切れることもない。現地に向かった桜井たちは、歓迎されること思っていた。ところが、被災者から返ってきた言葉は違った。「あとで金を請求するのだろう」「帰れ!」「警察を呼ぶぞ」…。被災地を狙う悪質な訪問販売と勘違いされたのだ。役場からは注意を喚起する回覧板も回っていた。説明してもらちがあがらない。
だが、3カ所目に訪れた六カ浦では対応が違った。「来るものは拒まずだから」。避難所の女性部長だった畠山は、一行を迎え入れた。木製の架台をその場でつくって240ワットのパネルを載せた。夕刻、だんらんの場になっている座卓が照らし出されると、まわりの人たちから拍手と歓声が起きた。「うれしくて、夜も電気をつけたままで、ぎちぎちになってみんなで寝ました」
涙を流す畠山に握手を求められた桜井も思わずもらい泣きした。「あれでやめられなくなりました」。被災地に自然エネルギーを届けるという5年にわたるプロジェクトの第1号になった。
被害の大きさに圧倒された桜井は、「自分たちだけで手に負える規模ではない」と改めて感じた。「大漁の太陽光発電と支援側の体制が必要だ」と思い、被災地に入る前から準備を進めていた。環境エネルギー政策研究所(ISEP)の顧問だった竹村英明(65)に電話したのは震災から数日後のことだ。「竹村さん、一肌脱いでもらえないか」(石井徹)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る