27日 患者を生きる 依存症 ギャンブル4

朝日新聞2017年2月23日33面:人とのつながりが命綱 パチンコがやめられずにギャンブル依存症と診断された北九州市の男性「一心」さん(60)は2001年9月、入院先の八幡厚生病院を退院した。45歳のときだ。主治医の森山成彬さん(70)は「焦らず、慌てず、あきらめず」と言って送り出した。「再発もあり得ることは織り込み済み。それが依存症という病気なんです。だから、もうやるなとは言わない」
それからほどない10月、一心さんは「北九州無限会」を仲間たちと設立した。依存症の種類を問わず、様々な人たちが集う自助グループだった。毎週集まり、酒やギャンブルがやめられなかった過去の自分を振り返ったり、他の患者の話を聞いたりする。
ただ話しに耳を傾け、拍手で締めくくる。話すことは、自分の日常や家族とのこと、何でもいい。「パチンコは問題じゃない。借金が問題なのだ」と釈明する仲間もいた。依存症との壮絶な経験を打ち明ける仲間に「俺はあいつほどひどくない」という仲間もいた。一心さんは、仲間の語りの中に、自力で依存症を克服できると思い込んでいた、かつての自分を見ることもあった。「パチンコで勝って借金を返そうとしたあの頃の自分は、依存症そのものだった」という自覚が芽生えてきた。
年末年始も他の自助グループを訪れ、常に人の輪につながった。退院して働くまで、あえて1年待った。入院中、森山さんからも「焦らないで」と言われた。仕事にすぐに戻った仲間の中には、忙しさから自助グループを離れ、再発する人もいた。
最初にした仕事は肉屋の配達だ。早朝から始め、夕方には切り上げ、自助グループに通う時間を確保した。47歳で介護ヘルパー2級の資格を取り、週3、4回ディケア施設で10年間働いた。いま、依存症の患者が通うリハビリテーション施設で職員として働く。
退院から15年。一心さんは一度もパチンコをせず、「無限会」を運営する。仲間が増え、他県の自助グループの設立も手伝う。年1回、森山さんを訪ね「断ギャンブル、おめでとうございます!」と書いた色紙をもらい、次の1年への糧にする。一心さんは言う。「人とのつながりが、自分の『命綱』になっている」(錦光山雅子)

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