26日てんでんこ 失われた風景9

朝日新聞2017年3月23日3面:オートバイで向かったふるさとで無言の対面。「愛悪の誕生日」と日記に書いた。
写真家の畠山直(59)は2011年3月14日、妻に借りたオートバイにまたがり、東京の自宅から一路、ふるさと岩手県陸前高田市へと向かった。母と姉の消息は途絶えたまま。自分の目で確かめるしかなかった。
関越道を通って新潟で1泊し、日本海側から秋田県を通って三陸を目指した。原発事故が、すんなりと北上するのを許さなかったのだ。さらに降り積もる雪と燃料不足のため、山形県酒田市で何日も足止めを食った。
その間、情報は二転三転した。ウェブ上の避難者名簿に2人の名前があるという親戚の連絡で安心したのもつかの間、姉から電話がきて、かかって「母さんを捜す」と。
母の悲報が届いたのは、酒田市から友人らの車で送ってもらい、ふるさとに着く前日だった。中学校の体育館で無言の対面をした。「最悪の誕生日」3月19日の日記に、そう書いた。
母の火葬を終えて東京に戻った畠山は、アトリエに置いてある紙の小箱に目をやった。貼ったラベルに「地球の小さな一角で」とフランス語で記したそれには、少しずつ撮りためたふるさとの風景の写真が入っていた。若い時は、帰郷しても全くシャッターを切らなかったのに、10年ほど前から「しみじみとする」ようになり、撮るようになった。実家近くを流れる気仙川にカメラを向ける母を写した1枚もあった。
畠山は、石灰石鉱山の発破の瞬間や東京・渋谷の地下を流れる水路など、自然と都市、人間の関係を切り取った作品で知られる。個人的な経験や出来事をさしはさまない、普遍的な写真で世界的に評価されてきた。
しかし、「地球の小さな一角」の個人的なスナップ写真が、そこに写る風景がもうないという事実を前に意味を帯びてきた。その年の10月、震災前から予定していた東京都写真美術館の個展で、津波後の写真と一緒に初めて世に出した。
その展示に「アートか記録か」という議論も持ち上がった。だが、数百年という単位を超える大災害が起きた今、畠山はそんな単純で閉じた論争と距離を置きたいと言う。
同美術館で作家の大竹昭子(66)と対談した時、こう語った。「自分の身を差し出すからみんなで考える素材にしてくれ。そういう気持ちなんです」 (森治文)

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