25日てんでんこ 失われた風景8

朝日新聞2017年3月22日3面:昔懐かしいお年寄りの話。「語りでふるさとを残したい」 「ここからだと、街づくりが進んでいるのがよく分かるの。逆に震災前の建物がどこにあったか、もう目星もつかなくて・・・」 岩手県陸前高田市の「市民交流プラザ」に常駐する阿部裕美(49)は、職場から一望できる風景にちょっと複雑な気持ちになる。
東日本大震災から3年半後、市内で真っ先にできた7階建て災害公営住宅の1階に、その職場はある。1階といっても海抜12メートルまでかさ上げされた土地だ。津波で実家の両親を亡くした。あの日の夕方。形見の雛もほとんど流された。最後の時に着ていた服を何度も洗って泥を拭い、大切にしまった。家族の思い出をたどり、玄関やふろのタイルが残るだけの実家に月に1,2度は通った。その後、市がその土地を買い上げてしばらくして訪れると、盛り土に覆われ、重機がのっていた。「なんていうことを」。かさ上げをするための土だった。
工事が本格化し、旧市街地へ立ち入り禁止されるという14年9月下旬、両親の服を持って実家跡を訪れた。「お墓に入ったきり一度も連れて帰ってこなかったね」。盛り土の前にシートを敷き、2人が着ていた通りに下着やシャツ、ズボンを並べ、手を合わせた。
かさ上げは急ピッチで進んだ。「見慣れた風景は土の下に閉じ込められ、人が亡くなった土の上でのうのうと暮らすというの?」。
打ちのめされた気分になった。阿部は災害FM局のパーソナリティーとして、「昔がたり」に取り組んできた。マイクと録音機を手に、震災よりずっと前の懐かしい話をお年寄りから聞いて回った。その活動は、FM局をやめた今も、古老たちをカフェに招いて続けている。
昨年5月、増山たづ子の作品展を見た仙台市のギャラリーまで足を延ばした。ダムに沈んだふるさと、岐阜県旧徳山村(現揖斐川町)の写真を撮り続けた人だ。「彼女が写真なら、私は語りでふるさとを残そう」
最近、もやもやが少し晴れたような気がする。道路や店ができてきて、かさ上げで少し近くなった空から亡くなった人が「がんばって」と言ってくれるような。「後ろ向きで前に進む」。そんな気持ちでいる。(森治文)

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