25日 てんでんこ皇室と震災【1】

朝日新聞2017年5月23日3面:「両陛下の被災地訪問が形式化」の記事。思い伝わっていないと危惧した。
東日本大震災から5年たった2016年3月17日。天皇、皇后両陛下は、3600人の犠牲者が出た宮城県石巻市を訪れた。県水産会館で両陛下は、敷地内にある慰霊碑に歩み寄った。犠牲になった漁師のために、全国の漁業関係者からの義援金などで建てられたものだ。両陛下が碑に向かって拝礼すると、車道の向かい側に集まっていた約450人の住民も一緒に頭を下げた。多くが周囲に立ち並ぶ仮設住宅の人たちだった。
予定外の行動は、この直後に起きた。先導役の案内で会館内に歩いていくはずの両陛下が、突如向きを変え、車道を渡り始めた。住民たちが歓声をあげるなか、慌てふためく警備関係者からは「車道は規制しているのか」と怒号も飛んだ。
両陛下は住民に近づくと「寒い中、迎えてくれてありがとう」「元気でまたお目にかかりましょう」と次々に声をかけた。ひざ掛けで寒さをしのぐ車いすのお年寄り。何時間も前から待ちわびていたという親子連れ。両陛下はその一人一人に向き合った。
「まさか車道まで渡られるとは」。このサプライズはいまも、両陛下を迎える各地の自治体や行事の主催者に語り継がれている。何が両陛下を駆り立てたのか。「訪問の日程形式化、出迎え住民接する場なく」-。この日の朝、日本経済新聞の朝刊にこんな記事が掲載された。前日の16日に福島県三春町の葛尾村役場見張る出張所を訪れたことについて、「被災者との懇談は代表者5人のみ」「多くの被災者が出迎えていたにもかかわらず、両陛下が近づいて声をかける機会も設けられなかった」とあった。
実際には、両陛下が住民に声をかける場面もあったが、大半の被災者は離れた場所にいて、交流が少なかったには確かだ。記事は行程を調整した宮内庁や自治体側を批判するものだったが、「両陛下はこの記事をご覧になり、反応されたようだ」と関係者は明かす。「自分たちの思いが世間に伝わっていない。そんな危惧を抱いていたようだった」。両陛下は、続く宮城県女川町でも精力的に被災者に向き合っていく。(島康彦)

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