22日 日野原さんが力をくれた

朝日新聞2017年7月19日27面:「新老人の会」社会貢献呼びかけ 医師として「生涯現役」を貫いた日野原重明さんが18日、105歳で亡くなった。90歳を過ぎても執筆や講演で飛び回り、「新しい高齢者像」を体現した。その生き方は、多くの人々に影響を与えた。
晩年になっても精力的に活動する日野原さんは「スーパー高齢者」として、シニア世代に力を与えた。2009年9月には、高齢者が自立して社旗貢献をしていくことを広げるため、「新老人の会」を立ち上げた。理念に賛同する会員は現在、約8千人を数え、全国で46支部にまで広がった。
熊本支部では6年前、活動の一環で「ジョン万次郎」の演劇を上演した。熊本支部世話人代表で医師の小山和作さん(84)は「『高齢者にそんなことできない』という会員もいたが、結果は大盛況。高齢者でもお世話になるばかりではなく、社会貢献できるのだと学んだ」と振り返る。
出演者や裏方など参加者は総勢100人、平均年齢は78歳だった。日野原さん自身もジョン万次郎役として出演。「米国に行って、好演したいくらいだ」と、劇の出来栄えを喜んでいたという。シニア専門の人材派遣をする「高齢社」の創業者、上田研二さん(79)も影響を受けた一人だ。「高齢者にとって、働くことは生きがいにつながる。日野原さんの生き方は、会社の理念にも通じる。こらからも高齢者に生きがいを提供し続けられる会社でありたい」と話した。
声楽家の池田美保さん(44)は、日野原さんが90歳を過ぎてから講演や対談などで活動をともにしてきた。今年に入って一度体調を崩し、持ち直したとき、舌をぺろっと出して「俺は死なないよ」と笑った姿が目に焼き付いている。
最後に会ったのは2週間前。自宅で「ほぼ1人で2時間しゃべりぱなしでした」。便を毎日、携帯電話で撮り、自ら健康状態を診ていたという。講演会でよく歌った「ふるさと」を池田さんがピアノでひくと、指揮する時のように手を振り上げて笑っていた。最後は天ぷらを食べる約束をして別れた。
「働くことも食べることも決して諦めずにやり抜く。最後の最後まで、バイタリティーに満ちていました」
 めぐる命 脚本に込め 次代を担う子どもたちには、命の大切さを伝えた。絵本「葉っぱのフレディ」(レオ・バスカー作、みらいなな訳)のミュージカル用の脚本の原案を書いたことは、その活動の象徴だ。脚本を元にした公演は、国内や米国ニューヨークで14年までに計159回に及んだ。「葉っぱのフレディ」を出版した「童話屋」の田中和雄代表(82)は、1998年の出版直後、日野原さんの関係者から連絡を受けた。初対面だったが、日野原さんは「すばらしいから、ぜひお芝居に」と持ちかけてきた。田中さんが冗談で脚本の執筆を頼むと、「やってみよう」と引き受けたという。
春に生まれた葉は冬には土に還るけれど、”いのち”は永遠に生きているー。自らの講演では、そんなフレディの物語を紹介しつつ、「命はくるくる回っている」と、子どもたちに語りかけた。田中さんは「死はこわいだけでなく、命がめぐることは希望に満ちている、と伝えようとしていた」と解説する。「おもしろがり屋で、いつも僕らと同じ目線でいてくれた。いつか、こういう日が来るとは思っていたが、さびしい思いです」と惜しんだ。
医療現場に音楽を採り入れる音楽療法の普及にも取り組んだ。幼い時の病気療養中、ピアノに出会った経験などから心を癒やし、痛みを和らげたり症状を改善したりする音楽の力を繰り返し説いた。01年に日本音楽療法学会を立ち上げ、昨年3月までに約3千人の音楽療法士を認定。ともに活動した精神科医の村井靖児・同学会理事長(81)は「先生が先頭に立ってくださったから安心して活動できた。講演では、音楽療法の技術面よりも心の持ちようを語られることが多く、お話に博愛がにじんでいた」という。

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