21日てんでんこ 皇室と震災【19】

朝日新聞2017年6月17日3面:「忘れられた被災地」を気にかけ、心臓手術後も住民と向き合う。 2011年3月12日未明、長野県栄村が震度6強の揺れに襲われた。長野県北部地震だ。住宅約200棟が全半壊する甚大な被害が出たが、東日本大震災の翌日だったたために注目されずにいた。この「忘れられた被災地」を気にかけ、一日も早い現地訪問を望んだのが、天皇、皇后両陛下だった。
「(東日本)大震災の翌日である3月12日には、長野県栄村でもほぼ東北と同規模の地震があり」(同年10月、皇后さまの誕生日にあたっての宮内記者会見に寄せた文書)
自身の誕生日の節目に、両陛下はそれぞれ栄村の名前を挙げた。当時村長だった島田茂樹さん(76)は「両陛陛下は忘れないでいてくださった。何よりありがたいことで、目頭が熱くなりました」と振り返る。実際、両陛下は発生した年内に見舞いたい意向を示し、12月に栄村を訪問する準備が進められた。
しかし、天皇陛下は11月初旬に発熱し、気管支炎で入院。国賓の歓迎行事を即位以来初めて欠席するなど体調不良が長引き、早い段階で栄村行の延期が発表された。
宮内庁から栄村への連絡は途絶えた。「お忙しい方だから、白紙になったのだろう」「人口わずか2千人強の小さな村に心を寄せてくださっただけでもありがたい」。そう思っていた翌12年春、両陛陛下訪問の知らせが舞い込んだ。島田さんは再び胸が熱くなった。
訪問日は7月19日。30度を超える暑さだった。案内役を務めた島田さんは、陛下の体調が気になった。当時78歳で、心臓のバイパス手術を受けてから5ヵ月しか経っていない。実はこの時、島田さんもがんの手術を受けたばかりだった。ところが、天皇陛下は車から降りると、すぐさま仮設住宅の前にいた村民の方へ向かった。シャツを汗でぬらしながら、皇后さまとともに約70人の住民と言葉を交わした。
約4年後の16年6月、全国植樹祭で長野市を訪れた両陛下は、宿泊先に栄村の被災者5人を招いた。村の復旧がほぼ完了したことを知ると、天皇陛下は「良かったですね」とほほえんだ。(島康彦)

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