20歳の試練【4】

朝日新聞3月18日31面:学生時代に精巣がんになった愛知県扶桑町の病院職員広田圭さん(33)は、同世代のがん患者と出会い、がんのことを安心して語れるようになった。入院中、病棟に同世代はいなかった。同じ年代で同じ経験をした仲間たちの存在に、「一人じゃない」と思えた。 2009年には、友人の紹介で景子さん(28)と出会い、デートを重ねるようになった。だが、病気のことをいつ、どこまで伝えるべきか、迷った。「気持ちが離れてしまうのでは」と不安だった。 数回目のデートで、がん患者が主人公の映画に誘った。映画を見ながら涙を流す様子を見て、「この子になら言えるかな」と、心を決めた。その晩、メールで闘病経験を伝えた。「言いにくいことを教えてくれて、ありがとう」。景子さんはそう答えてくれた。 「抗がん剤治療の影響で子どもをつくれない恐れもある」。広田さんには、診断時に医師から言われた言葉が、ずっと重荷だった。 精子を凍結保存していたが、友人たちから子どもの誕生報告を聞くたび、複雑な気持ちになった。 景子さんも、将来を考えると子どものことは気がかりだったが、「もし子どもが産めなくても、この人となら一生笑って暮らせそう」と思うようになっていった。 11年、団体職員だった広田さんは退職し、岐阜県内の病院に転職。念願だった医療ソーシャルワーカーとして働き始めた。
転職を機に結婚を意識するようになった。精子の検査を受けると、通常より少ないが、不妊治療で妊娠の可能性はある、という。広田さんは景子さんの両親にあいさつに行き、全てを話した。がんになったという事実は変えられない。病気を理由に反対されたら、潔くあきらめるつもりだった。だが、「娘が選んだ人なら」と受け入れてもらえた。
結婚3年目の13年夏。本格的に不妊治療を始めようと、名古屋市内のクリニックを受診した日、妊娠が分かった。14年春に、長男の遥馬君(はるま)が生まれた。 現在、がん患者らの相談に乗る「ピアサポート」にも携わる。先が真っ暗だった20歳の自分を重ね合わせ、若い患者にも、前向きに生きている姿を見てもらいたい。そんな思いが原動力だ。

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