20日 「報道ステーション」キャスター富川悠太さん

朝日新聞2017年3月16日夕刊5面:現場で必要なもの見えてきた 力になるなんて考えなくていい。役にたてばいいんだ 
テレビ朝日「報道ステーション」のメインキャスターを古館伊知郎さんから引き継いで間もなく1年。積極的に取材に出る。熊本地震や米大統領選、相模原障害者施設殺傷事件・・・、数々の現場に飛んだ。
リポーターに抜擢された2004年の番組スタート時は27歳。「報道」は初めてだった。半年後、新潟中越地震が起き被災者と接するなかで「人に寄り添う」姿勢ができた。ただ、いくら状況を伝えても現地の生活は変わらない。思いが強くなった分、無力感も強まった。
08年、中国・四川大地震の被災地で一人のおばあさんに出会った。傍らには子どもの服。視線の先に倒壊した小学校。がれきから誰かは分からないが、紫色の子ども手が出ていた。「この下に孫がいる。見つかったらこの服を着せて私も死ぬ」と言うおばあさんに、「そんなことは言わないで。お孫さんも喜ばない」と手を握った。おばあさんは「ありがとう、ここまで来てくれて伝えてくれて」と涙を流して繰り返したが、翻意の言葉はきけなかった。帰国後、おばあさんの顔や紫色の手が頭から離れずにいた時、古館さんに食事に誘われた。「最近、悩みがあるだろう」と言われ、「僕は力になれていない。この仕事を続けていていいのでしょうか」と打ち明けた。「富川が話を聞くと、取材対象者の顔がどんどんほぐれてくる。お前は役に立っているはずだ。力になるなんて考えなくていい。役に立てればいいんだ」と言われた。「一気に気持ちが楽になりました」
相手の気持ちに立って取材する。必要なものが見えてくる。11年の東日本大震災では、市役所の伝言ボードに張られた名前と電話番号を放送した。肉親、知人と連絡がとれた、と多くの人から言われ、新規張り出しが急増した。避難所に入れない市民に行政の支援が届いていないことを伝えると、翌日に支援物資が届いた。「役に立てたと思える瞬間がものすごく増えました」
キャスターでも、その思いは変わらない。「現場でやってきたことは一緒なのだと、この1年で再認識できた」。いとこを難病で亡くし、先端医療の取材もライフワークになった。「現場の声を伝えるキャスター像を目指していきます」(三ツ木勝巳)
1976年、名古屋市生まれ。99年にテレビ朝日入社。企画や取材に参加、ナレーションもしたドキュメンタリー「笑顔の約束~難病ALSを生きる~」が2015年、日本民間放送連盟テレビ教養番組優秀賞。

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