2月15日 保護と利用 個人情報を巡る攻防

朝日新聞2020年2月9日4面:大量の個人データを吸い上げて活用する「プラットフォーマー」の台頭で、個人情報保護法に注目が集まっている。この法律の成り立ちを追うと、一つの疑問が浮かび上がる。「私たちを守ってくれる力が、本当にあるのだろうか」 重厚な木目調の壁が印象的な部屋からは東京・霞が関の官庁街を見下ろせる。ここに昨年1月から個人情報保護委員会9人の委員らが24回にわたって集い、今年3年に1度の見直しに当たる保護法の改正に向けた議論を重ねてきた。情報への厳しい姿勢を表すように、部屋が何階にあるかも伏せられている。昨年12月、「個人の権利」を拡大しようとする方針がここで示された。これまでの保護法の流れを変えかねないテーマだった。就活生に同意を得ないで内定辞退率を予測、販売していた問題が昨夏に発覚するなど、個人が自らの情報の取り扱いへの関心を高めていることが背景にある。これに対して、経済界は反論に出た。「正当な事業活動を阻害することが懸念される」。経団連は1月、保護委に意見書を出した。保護委は、データ利用の停止や消去、第三者共有の停止を請求できる要件を現行の「違法にデータを取得した場合」から緩和しようとしている。それについて「正当な手続きを踏んでサービスに使っていても、本人の請求があれば消去しなければいけないようにも読み取れる」というのだ。ウェブの閲覧履歴を追う手がかりになる「クッキー」を巡っても攻防がある。クッキーには氏名などの情報は含まれず、現行法では保護の対象になっていない。しかし、集積して分析すれば、個人を特定できることがある。このため、クッキー情報を第三者提供した結果、個人が特定できるようになる場合は、利用者の同意を取るような事業者などに義務づける方針だ。最も議論を呼びそうなのが、保護委が「個人情報の適正な利用義務」を明確化する方針を打ち出したことだ。これまでは情報の「取得」段階で本人同意を重視してきたが、情報の「利用」のされ方に重きが置かれる可能性がある。ただ、宮下鉱・中央大准教授(情報法)は期待を抱きつつも「強い規定にはならないだろう」との思いが消えない。「日本の保護法は目的アあいまいだから」 「使ってなんぼ」招いた試練 個人情報保護法が成立したのは2003年。住民基本台帳ネットワーク導入をめざす政府にとって、データの漏洩などに対処するため、個人情報保護を定めた基本的な法律をつくる必要に迫られていた。同法第1条の「目的」は「高度情報通信社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大していることに鑑み」と始まる。「「個人情報は使ってなんぼという発想」(保護委幹部) こうして経済界配慮して成立した法律は、13年夏、試練にさらされる。JR東日本が、ICカード「Suica」で首都圏の約1800駅を乗降した日時や運賃などを、市場調査用データとして無断で日立製作所に販売していたと公表。記名式Suicaでは名前と連絡先は除かれていたが、改札ゲートの番号や秒単位の通過時間などはそのまま販売された。新潟の鈴木正朝教授(情報法)は「移動履歴のデータに個性があり、個人の識別を持っていた。原データと照合すれば一発で本人が分かる」と振り返る。保護法は15年、本格的な改正がされた。主眼はITの発達で生まれた「ビッグデータ」をどう使いやすくするか。バランスをとるように個人情報を保護する視点も盛り込まれたが強くはなく、内定辞退率の問題につながった。欧州の実情は対照的だ。世界でもっとも厳格なプライバシー保護法制と言われる欧州連合(EU)の「一般データ保護規則(GDPR)」。機械的にその人の傾向をつかむプロファイリングに対して個人が異議を唱える権利や、機械だけで重要な決定を下さない権利を明記する。昨年2月、独カルテル庁は米フェイスブック(FB)に対し「インスタグラム」など複数のサービスや、さまざまなウェブサイトを通じて得た個人情報の統合を禁止すると通知した。80年ほどまで、ユダヤ人を迫害するため、ナチスドイツは米IBMの「パンチカード」を使って効率的にユダヤ人の情報を管理。欧州では冷戦時代にも、個人情報が悪用されて監視に使われた。そんな負の歴史を忘れない姿勢が、個人情報保護に対する今の厳しい姿勢につながっている。 どうすればいい? 価値や倫理観 共有の議論を 「保護」か「利用」か。軸足が定まらない日本の保護法は今回の改正も、現実を後追いする形になった。悪い流れを断ち切るには、どうすればいいのか。近い将来訪れると予想される本格的なAI(人工知能)社会で、病歴や遺伝情報を見て保険商品への加入を拒否されたり、機械が人を格付けする「信用スコア」が採用活動や婚活サイトにも使われ、不当な差別を受けたりするかもしれない。どんなことが起こるのか見通すのは難しく、個々の事態に対応しようという姿勢をとり続ける限り、その場しのぎになることは避けられないだろう。求められるのは、テクノロジーの進歩を取り込みつつ、個人を守るために必要な「価値」や「倫理観」を共有していくための議論だ。山本龍彦・慶応大教授(憲法)は保護法の目的に「基本的人権」の概念を盛り込むべきだと考える。企業が持つ個人データの訂正や開示の請求権、利用停止やデータポータビリティといった個人の利権の根拠にするという狙いだ。次の見直しの機会がやって来るのは3年後。テクノロジーの進化の速さを考えると、すぐにでも検討を始めなければならない。

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