19日 私の10本 吉永小百合

東京新聞2017年4月16日2面:男はつらいよ柴又慕情【下】 1969年にスタートした「男はつらいよ」シリーズの第9作「男はつらいよ柴又慕情」(山田洋次監督、72年9で、吉永さんは、渥美清さん扮する主人公、寅さんが思いを寄せるマドンナ、高見歌子役で出演した。
「山田さんからは『吉永さんの出演が決まった時は、本当にみんなで喜んだ』とおっしゃっていただきました。でも、実は私の声の状態が一番ひどい頃だったんです」
映画の中で、ミニスカートをはき、寅さんの冗談に笑い転げる元気なOLを演じている姿は、いつもの美しい吉永さんに見えるのだが…。「録音で調整してくださっているので、お客さんには分からないかもしれませんが、自分には分かるんです。渥美さんは、大きな受け皿っていうか、どんなかたちでもちゃんと受け止めてくださる俳優さんで、間が素晴らしい。だから芝居は全く苦労しなかったのですが、声のことでつらい時もありました」
日活で仕事を続けてきた吉永さんは、70年には中村登監督「風の慕情」など松竹の2作品に出演している。撮影所の雰囲気には慣れていたが、寅さんはじめ「とらや」のおなじみのメンバーが毎回顔をそろえる中に「一人、ぽんとゲストで入っていくことには、緊張感もあった」と言う。
和らげてくれたのは、監督と渥美さんだった。「山田さんはせりふをとても大事にして、ぎりぎりまで推敲するので、変更がすごく多くて、最初は戸惑いました。でもある晩、翌日の撮影に備えて泊った旅館に、監督から手紙が届いていて『明日のせりふを覚えんるんじゃなくて、とらやに遊びに来るような気持ちでセットに入ってください』って書いてあった。ああ、そういうことなのねって、ほっとして、うれしかったですね」
渥美さんは撮影の合間に、羽仁進監督「ブワナ・トシの歌」(65)に主演し、アフリカに行った思い出を話してくれた。「テントで生活していて、夜中に用を足そうと外に出たら、無数の星が瞬いていたという話を、渥美さん独特の語り口でしてくださったんです。自分がそういうことから離れすぎている、旅をしたいなと思いました」
今も大事にしている渥美さんの言葉がある。「役者なんてのは、さだめのないもの。だから何年も先の仕事を決めるものじゃない。ふらっと出会った作品の中で自己表現していくものなんだ、とおっしゃった。今思えば、声の問題などで悩んでいた私に、何かを伝えようとしてくださったのかもしれないですね」
「柴又慕情」で吉永さんが演じた歌子は、父親から結婚を反対されている役だった。それは、現実とも重なっていた。「そうなんです。山田監督はちょっと予知能力があるんでしょうか(笑)。もちろん、私は何も話していませんが、監督が何となく、そういう雰囲気を感じ取られていたのかもしれないですね」
「柴又慕情」公開の1年後に吉永さんは結婚。その翌年「男はつらいよ寅次郎やつれ」に出演する。「歌子は無事結婚するんですが、すぐ夫が死んじゃうんです。ひどいでしょ。新婚の私に。本当にひどいんです(笑)」
実は「男はつらいよ」では、吉永さんは3本目の出演話もあった。「タイミングが合わず実現できなかったんですが、シリーズが終わる時には絶対に出たいと思っていたんです。もう一度、渥美さんと共演したかった、出ておけば良かった。会えなくなった今、強くそう思います」(聞き手=立花珠樹・共同通信編集委員)

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