19日 てんでんこ 南海トラフ【4】

朝日新聞2017年2月17日3面:逃げなければ、7メートルの津波でも大勢の人が亡くなる。「あきらめない」 南海トラフ地震の被害想定が公表されてから1週間後の2012年4月初旬。日本一の津波について、高知県黒潮町役場への取材攻勢も落ち着いてきていた。情報防災課長の松本敏郎(60)は町長室に入り、切り出した。
「何からスタートさせましょうか」。町長の大西勝也(46)は「思想をつくって」と答えた。「被害想定は更新されていく。そのたびに対策がころころ変わってもあかん。姿勢がぶれないよう、まず思想を組み上げよう」松本は30代だった1989年、町民たちと「砂浜美術館」を始めた経験があった。バブル真っ盛り、全国で美術館あ建設されていた。町にもほしいが、予算がない。4キロの砂浜を美術館に見立て、ロープにつるした千枚以上のTシャツを潮風にはためかせる「Tシャツアート展」を大型連休に開いてきた。
コンセプトは「私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です」。今では毎年2万人以上の観光客が訪れる。松本は「しっかりした考え方があれば、しっかりしたものが生まれる」と考えていた。
津波想定の公表後、松本は町民たちから「わしゃ逃げん。津波が来たら、その時はしゃあない」と言われた。逃げなければ7メートルの津波でも人は死ぬ。「あきらめない。犠牲者ゼロをめざす」。2012年5月に町がまとめた「地震・津波防災計画の基本的な考え方」に松本はその「思想」を盛り込んだ。 5月には、全職員約200人に担当地域を振り分け、地元の防災活動を支援させる「地域担当制」をつくった。6月、どこに避難場所を整備するかなどを役場と住民が話し合うワークショップを始めた。3ヵ月で156ヵ所開き、4634人が参加した。
翌年3月からは、沿岸部で10~20世帯ごとの「班別懇談会」を開催。避難経路や住宅の耐震状況、体調面の心配事などを書き入れ、町全体の対策に役立てる「戸別津波避難カルテ」を作り始めた。10カ月後に、沿岸部40集落の全3791世帯分ができた。
大西は「対策に力を入れていた東北で被害が出た。本当に犠牲者ゼロにできるか」という懸念が消えなかった。(佐藤達弥)
■備え あきらめないために何をしなければいけないのか。それを具体的に(黒潮町の基本方針)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る